ヒメクルミ

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「でも、花屋の前を通りかかるだけで、なかなか声がかけられなかったけど……」 彼はそう言うと、寂しげに目を伏せた。 一体どれくらいの期間、私を見つめてくれていたのだろう。 治人さんは私に“前から”と教えてくれた。 「だから、たまたま会社の同僚に、花束の注文を頼まれて、ようやく胡桃と話せたあの日はとてもドキドキしたよ」 私が彼を初めて見た日だ。 あのときの彼と私は、花について話をしたが、彼は少しもドキドキしているような様子を感じさせなかった。 爽やかに花束を抱えて店を出ていく姿なんてさまになりすぎていて、留実ちゃんが騒ぐほどだった。 「知らなかった……」 私の心の声が小さな呟きになって出ると、彼が「うん……」と恥ずかしそうに言った。 「でも優君、店に来てくれたときもそうですけど、合コンで会ったときも……とても自然で……そんなこと……全然……」 驚きで私の言葉は途切れて発される。 でも本当に、彼は私を長く好きだった様子は少しも見せなかった。 「合コンで会った日はかなり強引に攻めてしまったから、恥ずかしくてあまり思い出してほしくないんだけど……本当はかなり必死だったよ」 なんてことだろう。 私が店長を好きだった期間くらい、彼は私を好きだったのかもしれない。いや、図書館で見かけた辺りとなると、それ以上だ。 「胡桃……」 私が呆然としていると、彼が腰を屈めて私の顔を覗いた。 「……はい」 「俺のこと、嫌いに……なった?」 彼がそう尋ねたので、私はすぐに首を大きく左右に振り、否定した。 すると彼は「よかった……」と安心した様子を見せる。 嫌いになるわけがない。もう私の心は彼でいっぱいなのだから、逆に嬉しいくらい。
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