クロッカス

4/23
125人が本棚に入れています
本棚に追加
/23ページ
当たり前だが、優君はいない。 長身でスタイルがよく、爽やかで優しい顔立ちの彼が歩いていたならすぐにわかる。 もし今、彼がいたのなら飛びついてしまいそうだ。 やらなければならない仕事はたくさんあるのに、いつもより水やリに時間を費やしてしまった。 店長はまだ帰ってこない。 私は注文の品であるアレンジの製作に取りかかろうとキーパーの扉に手を伸ばしたとき、店の電話が音を立てた。 伸ばした手を引っ込め、電話へと走る。 「ありがとうございますEiryです」と言って受話器をとった。 「すみません、花束の注文をお願いできますか?」 電話注文があるのは毎日のこと。 でも、動揺してしまった。 「あ、はい、ありがとうございます。お花束ですね……。本日でしょうか?」 「はい、今日の19時にお願いしたいんですが、大丈夫ですか?」 「あ、はい大丈夫です。19時ですね」 「ありがとうございます」 「いえ……。あの、差し上げる方は女性の方ですか、男性の方ですか?」 「……20代の女性です。色はおまかせでお願いします」 話しているとますます心が落ち着かなくなる。 なぜなら、電話の声がとても優君に似ているから。 彼の事を考えすぎて、私は思考だけでなく耳まで優君化してしまったのだろうか。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!