第一話 置き去りの殺意

4/9
前へ
/26ページ
次へ
彼女がふと息をついたので、ごめん避け、というやつですかね、と答えると、それまでマティーニの飛沫をなぞっていた指をとめた。 「ごめん避け?」 世の中には優しい人間がたくさんいる。そんな優しい人間の中には、他人からの好意に気がついて、それに応えられないことをやんわりと伝えようとする者がいる。そういう者がとる、好意には応えられませんという遠回しな行動を「ごめん避け」というらしい。それを彼女に伝えると、 「ああ、なるほど……彼は、もう気がついていたのね。私の気持ちに」 合点がいったのか、それとも小さな恥ずかしさでも芽生えたのか、彼女は両手で?を包んで笑った。店に入ってきてからここまでの時間で、彼女が一番素直な表情をみせた瞬間だった。 「ねえ、それって、そんな風に態度がころころ変わったりするの?」 ごめん避け、というのは、要は人間として、そして友達や、同じ仕事の同僚としては楽しくやっていきたいが、恋人になったり、恋愛感情を持つような関係にはなれない、という、なんだかとても厄介な感情から生まれるものらしい。そのため、ごめん避けをしている本人も、相手にどのような距離感を保って接していいものかわからないものらしい。そのせいで、不機嫌そうな態度をしてみたり、はたまた楽しく会話をしてみたり、ころころと態度が変化することがあるそうだ。 「ふふ、今のでなんだか納得がいったわ」 かいつまんでそのような説明をすると、彼女はそういって微笑み、だが小さく溜息をついた。
/26ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加