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かり、という、彼女の爪先がカウンターを引っ掻く音がした。傷などたいして気にはしないが、その音が妙に耳に響いた。
「気がついたら、家にいたわ。でも、私の心にじわっと広がった黒い気持ちはそのままだった。あの日から、ろくに眠れないのよ。目を閉じると、あの時の光景が目に浮かぶの。その度に、私は殺意を抱くわ。私を拒否したあの人を殺せたらって」
オリーブを刺してあった細いピックをくるくると弄びながら彼女は言った。まるで、そのピックを何かに突き刺すように何度も空中を突き、そして満足したようにぽいとカウンターに放り出す。役目を終えたピックが乾いた音を立ててカウンターを滑った。
「私の殺意はね、あの日のあの場所に置き去りにされたままなの。いつか本当に彼を殺してしまうまで、きっと私の心は満足しないでしょうね」
ピックから外されてしまったせいで、行き場を失ったオリーブがカウンターの上に転がっている。マティーニの飛沫ををまとい、きらきらと輝くオリーブに小さく残ったピックの傷跡。そして、役目を終えたピックがその側に転がっている。マティーニの飛沫が殺意なら、その飛沫にまみれ傷を負ったオリーブは彼女で、手が届きそうで届かないピックは、さしずめ、殺人という行為に未だ踏み切れない彼女の理性というところだろうか。
否。このピックはおそらく、彼女の最後の希望だ。彼を殺すための理由。凶器。狂気。見るたびに思い出す衝動。彼自身、とも言えるだろう。
「彼を殺したら、幸せになれるのかしら……」
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