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『海のハーモニーが聴こえるか』
タナカ ヒトミ
<プロローグ>
ナツ、ナツ、聴こえるかい?
今は君と離ればなれになっている。
碧(あお)い水が、白い波が、透明の泡が、二人を遠ざける……。
でも、安心してくれ。
君をけっして、ずっとひとりにはしない。
必ずまた会えるから。
愛してる、ナツ…。
この手をのばせば、君にとどくはず。
それに、ほら、耳をすませば、きっと聴こえる。
海のハーモニーが……。
<第1章 『海はまねく』なのだ>
「ギャー!寝すごしたっ!」
佐原夏実は、ベッドの枕元の置時計が8時20分を指しているのを見て、大きな声で叫んだ。
「ママったら…、なぜ、起こしてくれなかったの!」
急いで服を着替えると、旅行バッグをつかんで、あわてて階段を駆け下りた。
食堂では、母親の京子がリンゴをすりおろしているところだった。
「あら、夏実、早いわね」
「早くない。もう遅いの。起こしてくれたら良かったのに。今日から合宿だから、7時半には起きたかったぁ」
寝グセのついたショートヘアを両手で直しながら、恨みがましい目で、母親を見た。
「いつも言ってるでしょ。朝、起きるぐらいは、自分でしてね。ママは仕事していて忙しいんだから」
「はいはい」
立ったまま、急いで食卓のロールパンをくわえた。
「なあに、立ったまま。行儀が良くない」
「だ、だって、ふが、す、すぐに出ないと…。品川駅に9時集合、うっ、ううっ…」
パンをのどに詰まらせた夏実は、苦しそうに白目をむいた。
「やだ、大丈夫?」
京子は、娘の背中をトントンと叩いた。
「う、う、だ、だいじょうぶ…」
夏実は肩で大きく息をした。
「あわてて口に入れるからよ。さ、これでも、飲んで…」
京子は、グラスに入った自分のミルクを差し出した。
「ふ、は、はりがとう…」
夏実は、立ったままでごくごくと飲む。
「9時なら間に合うから、あわてないで。今日から合宿なんでしょ」
「うん」
「館山なんて、いいわね。おバアちゃんも、うらやましがってたわ」
京子は、祖母・茜が住む和室の方角を指さしながら微笑んだ。
「おバアちゃん、今日は具合はどうなの?」
「食欲はあるみたい。リンゴが食べたいって言ったから、すってたのよ」
「そう、よかった」
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