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春から体調を崩している祖母のことが、夏実はいつも気にかかっていたが、ひと安心だった。
「夏っちゃん、夏っちゃんは、今日から館山だって?」
噂をしていると、祖母の茜が、食堂にやってきた。
「おバアちゃん。起きてきて、大丈夫なの」
「平気、平気」
茜は夏実が自分を心配しているのがわかるので、明るく言った。
「夏実、私とおバアちゃんもそのうち館山へ行きたいから、時間があったら、あっちの家に空気入れといてね」
京子は、館山にある佐原家の古家の様子を見てくれるよう娘にリクエストした。
「わかってる。カギも持ったし」
夏実は、古い家にふさわしいレトロなカギをバッグの中から取り出して見せた。
「忙しかったら、ムリはしなくて良いから。皆と一緒に行くんなら、単独の行動は出来ないだろ」
茜は合宿へ行く孫娘にたいして遠慮した。
「ムリはしないから、大丈夫。あっ、もう出なきゃ!」
テレビの画面に出ている時計を見て、夏実は荷物をつかんで玄関へ走った。
「夏実、あわてるとケガするから。気をつけて行きなさい」
「夏ちゃん、転ばないように、ね」
「おバアちゃん、ママ、じゃ、行ってきま~す」
玄関ドアの前まで見送りに出て来た二人に手をふり、夏実はレンガ色の屋根の小さな二階建ての家を後にした。
夏実は、住宅街と繁華街を抜けてJRの大森駅へ向かった。
朝から熱い日ざしが照りつけていて、日なたは三十度を超えていた。
飲食店が並ぶ歩道はしっとりした熱気と、前夜から残るショウユと油の匂いにつつまれていた。
「は、早く、海へ行って、さわやかな風に吹かれたい…」
夏実は、額から流れる汗をチェック柄のタオルで拭いながら、つぶやいた。
そして、
「あ、でも、今年の合宿は、トンデモナイんだった…」と、あることを思い出して、ため息をついた。
品川駅の東口。
タワーのオフィスビルやマンションが、南房総の鋸南の絶壁のように並んでいる。
ここだってかつては東京湾の潮風が気持ちよく吹く湾岸だったが、今は人やビルが増えすぎて、直線距離では近くにあるはずの海が、感覚として遠のいてしまっていた。
「まずい、遅刻だ!」
ロータリーの小さなビル前に停車している貸切バスを目指して、夏実はダッシュした。
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