第1章

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 バスの乗車口の前には、部長の倉田アリス、副部長の峰村真治、顧問の柳川先生の3人が、それぞれ両腕を組んで、夏実を待っていた。  「ご、ごめんなさ~い!」  夏実は息をきらせ、頭を下げながら走りついた。  「佐原さん、あなたが、最後よ。心配したわ」  柳川先生は、穏やかな笑顔で迎えてくれた。  「すみません」  「でも、遅刻じゃないよ。ギリギリ、今がジャスト9時だ」  真治は、近くのビルの電光掲示版の時刻を指して微笑んだ。  しかし優しいのは、この二人だけだった。  部長の倉田アリスの両目は吊り上がっていた。  「夏実、どういうつもり!私たち2年生は1年生の模範にならなきゃいけないって、いつも言ってるでしょ」  「は、はい。気をつけます」  「だいたい、いつもあなたは…」  アリス姫の追及は常に厳しかった。  「ま、じゃあ、そろそろ出発しましょうか」  柳川先生が助けるように言い、夏実はバスへ乗り込んだ。  生徒たちは、前方の席には「幹事」と呼ばれる2年生、中央には「新人」と呼ばれる1年生、後方には女子は「お局さま」男子は「ご隠居」と呼ばれる3年生が座っていた。  「夏実!どこへ行くの?席はここよ」  「あ、レモ!」  後方へズンズンと進みかけた夏実の腕を引っ張ったのは、仲良しの藤木檸檬だった。檸檬は珍しい名前だが本名だ。  本人はこの名前があまり好きで無く、「レモ」と呼ばれたがっていた。  レモの横に、座り、ようやく大きく息をついた。  と、そのとたんに、バスは出発した。  出発すると同時に、先生が立ったままマイクを持って、生徒たちに「おはようございます」と挨拶して、「今日から4日間のコーラス部の合宿を楽しく、有意義なものにしましょう…」と話しはじめた。  生徒たちは一同「は~い」とか「わかりました」とか楽しそうに答えるが、夏実だけは気が重かった。  「夏実、歌は、できたの?」 レモに聞かれて、大きなダンベルを乗せたようにいっそう頭がいっそう重くなった。 「ダメ、出来ない…」 夏実は正直に答えた。 「アイデア、ぐらいは?」 「それも、ナニも…」 「ナニもっ!」 レモが大きな声を出すと、部長として、スケジュールを説明しているアリス姫から睨まれた。 「ちょっと、静かに聞いて下さい」 「は、はい」 「すみません」
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