溶けない氷

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から。」 背中を恭也に向けたまま実果子が言った。 実果子の顔は角度が悪く伺えない。 ー何か言わないとー 恭也は咄嗟に声を出した。 「一人で大丈夫ですか?」 言ってから恭也はハッとして直ぐに言葉を付け加えた。 「あれ?違う!いや、違わないんですけど、中まで付いて行こうとか思ったんじゃなくて大丈夫かなってただ心配というか、気になって言っただけなんですけど…」 変な誤解を招かないように弁解をしている自分がなんだか滑稽だ。 恭也は顔が熱くなるのが分かった。 実果子が向こうを向いたままで良かった。 頬の熱を手でパタパタと仰いだ時、実果子がくるりと体を回転させこちらを向いた。 咄嗟に手を下げた恭也は驚き目を見開くような顔をした。 恭也のそんな顔を見た実果子はぷっと吹き出して笑って 「大丈夫だよ。恭也くんはそんな邪な考えしないって分かるから。」 と言った。 「うわー俺カッコ悪。」 そう言いながらしゃがみ込み、頭を膝の間にすっぽりと挟み込みそれでもまだ恥ずかしくて頭を腕で覆った。 実果子が笑っている。 「笑わないで下さいよ~。」 そう言いながら立ち上がった恭也に、ごめんごめん、と実果子は言った。 その顔は無理をしたような笑顔ではなくて少し安心した。 少し間を空けて、実果子はまるで仕切り直すかのように一度吸い込んだ息をふぅっと吐き出し、さっきまでの笑みを消した穏やかな顔で静かにゆっくりと 「ありがとうね、送ってくれて。あと、一人で大丈夫!もうずっと一人だしね。大人だしね。恭也くんも気をつけて帰ってね。おやすみなさい。」 そう言って体を折り曲げ頭を下げた。 恭也もつられて頭を下げ 「おやすみなさい。」 と言った。 それを聞いた実果子は体をもう一度反転させ、オートロックを解除してマンションに入っていった。 恭也はなんだかその場を動けず実果子の背中を見ていた。 実果子は一度も恭也を見ることなくてエレベーターに消えていった。 エレベーターの中の実果子の横顔が一瞬だけ見えた。 その顔はまるで実果子の心が凍りついて溶けないと言っているような冷たい顔だった。
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