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苦くて甘い
電車の中の数分間の僅かな時間が一ヶ月程経った頃、二人の時間が一変する事が起きた。
毎朝電車で会っていた二人が夜に出会ってしまったのだ。
辺りが暗いというだけで朝の爽やかさなど皆無で、対照的に淫びな香りまで漂ってくる様だった。
ある日曜日、恭也は親友の佐々山拓海と出掛けていた。
拓海は幼稚園の頃からの幼馴染で少し冷めたような所もあるが、いつも冷静で気を許した相手には懐の深い情の深い人間で恭也にとって心強い先輩のような存在だった。
高校は別になったが、家が近いこともあり今もこうして二人で出掛けたりしていた。
辺りもすっかり暗くなって二人は電車を降りた。
改札を出て直ぐにある階段を降りると水の出ていない小さな噴水と古びた時計台がある。
時計台は22時をすでに回っていた。
恭也と拓海が階段を降りていくと噴水の前で1組の男女が何やら口論になっている。
「お前いい加減にしろよ!期待させるような事しといて何なんだよ! 」
男の大きな声が聞こえる。
男は感情を抑えきれないような息遣いと声で女に凄んでいる。
恭也と拓海は無言で顔を見合わせた後もう一度言い争っている男女を見た。
言い争っていると言っても女の方は至って冷静に腕を組み、むしろこの場を面倒がっているようにも見える。
「だから最初から言ってんのよ。あんたとは付き合わないって。何勝手に期待して、勝手に怒ってんの?」
女はまるで男を煽るように言った。
恭也ははっとした。
付き合わないと冷たく突き放すこの声は恭也の頭の中で何度もリフレインされた実果子の言葉だ。
「俺、ちょっと行ってくる。」
恭也が行こうとするのを拓海は腕を掴んで止めた。
「いやいや、何で?お前関係ないでしょ。受験もあんのに問題なったら大学行けなくなるよ?それになんかあの女の自業自得なんじゃない?」
恭也には拓海の言葉は聞こえていないようで、
「拓海、ごめん、先帰ってて。」
そう言って拓海の手をほどきスタスタと歩いて行ってしまった。
「おい、恭!…何だよ、俺知らねーぞ。」
恭也は向こう見ずな所はあるが、馬鹿ではないので下手なことはしないことを拓海はよく分かっていた。
こういう時の恭也はもう何も見えていない。
(後で電話してやろう。)
拓海は恭也を信用している。
何とかするだろうと溜息一つ残してその場を去った。
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