苦くて甘い

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恭也は無言で男女に向かって歩いて行ったが、あと5メートルといったところで足を止めた。 夜だというのに街灯の明かりのせいで男の激昂した顔がはっきりと見える。 同じように冷ややかな目で男を真っ直ぐに見る実果子の顔もはっきりと見えた。 「馬鹿にしやがって!」 男が大きな声をあげた。 実果子は今だ真っ直ぐに男を見ている。 恭也は駆け出そうとした。 殴られると思ったからだ。 しかし、その足もすぐに止まった。 二人の間を割って入った男がいたからだ。 男は三十代後半くらいだろうか。 品の良いスーツを着ていて、うまく場を取り成している。 いかにも大人の男に見えた。 スーツの男になだめられ、激昂していた男は俯き加減に下を向いていたが、直ぐにその場を去り、改札へと消えていった。 スーツの男は実果子の肩に手を置いて、なにか話しかけている。 声が小さくて聞こえないが、実果子と呼んだのだけは聞こえた。 恭也は声もかけることもできずに立ち尽くすしかなかった。 実果子の顔が冷めきった顔から一変して、安堵したような顔をしている。 安堵がうかがえると同時に今にも泣き出しそうで恭也は胸のあたりが締め付けられた。 そこには初めて見る実果子の顔があった。 その顔はスーツの男が浅からぬ関係である事を証明するかのようだった。 二人を見ていることが出来なくて恭也は立ち去ろうと向きを変えた。 一歩ずつ足を前に出しながらチクチクと刺す胸の痛みを持て余していた。 「お願いだからやめて。もう、私の前に現れないで。」 不意に実果子の絞り出すような声が聞こえた気がして足を止めた。 振り返るとそこにはもうスーツの男はおらず、噴水の端に座ってうつむきがちにタバコに火をつける実果子がいた。 恭也はその姿を見てドキッとした。 夜の街頭に照らされた実果子の顔は光と影が混在していて見惚れてしまうほど綺麗に見えた。
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