重サ知ラズ

2/3
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
 口内をざらつかせる貧民街の埃っぽい空気に、男は顔をしかめた。シミ一つない軍服をかっちりと着込んだその男は、連れ立っていた部下に待機を命じる。そして、ゴミ溜めのような饐えた臭いのする小屋へ踏み込んだ。 「貴様が人民の心を弄ぶという魔術師か」  その問いは、断定の響きを含んでいる。  魔術師と呼ばれたのは、小屋の中に座る小さな人間、のようなものだった。禿鷹を模した面妖な被り物をしていて、薄汚れた端切れで出来た外套を纏っている。背は大きく曲がっており、それが魔術師をより小柄に見せている。 「おやァ、ハーリック大元帥殿ではございやせんか!」  少年のような、老婆のような耳障りで大仰な声が小屋に響いた。ハーリックと呼ばれた軍人は腰に下げていた軍刀に触れながら、慎重に答える。 「貴様が私に対する侮辱的な発言を繰り返していると聞き及んだ」 「侮辱なんてしたっけなァ。アンタはこの国で一番の英雄サマで、今度の戦争でも先陣を切って指揮を執って、うっかり二〇〇万人ほど犠牲者を出してるって話はしたかもしれないが」  魔術師の言葉に、ハーリックの手に力が入る。  それは漏れるはずのない機密事項のはずだった。 おめでたい頭の愚民達は自国の軍隊が憎き敵国を華々しく薙ぎ倒し、快進撃を続けていると信じ切っているはずである。しかし目の前の魔術師は、真実を知っているらしい。生かしてはおけない、とハーリックは固く心に誓う。 「貴様の発言は、兵や民の士気に関わる重大な放言だ。野放しにする訳にはいかない」 「ならば大元帥殿。アンタの隣でずっと暴露話を続けている部下の口を塞いでくれよ。耳が腐っちまいそうだ」 「何だと?」 「おや、そちらのご婦人はどうしたのかね?」  当然だが、周囲には人影一つない。魔術師はハーリックの隣を見つめて話し続けている。 「へえ。村を襲われて、旦那を人質に取られちまって、その目の前で身体を差し出したのかい。なのに旦那もご婦人も殺されたのか。そいつァ、お気の毒に」 「その茶番を今すぐ止めろ!」  ついにハーリックは軍刀を抜いた。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!