一章「一日目」

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2  息を切らし、汗は飛び散り、筋肉が弾けている。  花崎学園の文化祭が幕を開け、体育館は空手の練習試合で熱気に包まれていた。  八幡雅弘は、空手部の主将として出番を待っていた。今は集中力を高めたいところであったが、あまりそういう気分ではなかった。  せっかくの文化祭だというのに、なぜ楽しむこともなく、こうして戦闘をしなければならないのか。その疑問ばかりが頭を支配しているのだ。  おかげで、平常心でいることはできるが、花崎学園高等部の空手部で一番強いのが雅弘だからという理由だけで闘わなければならないのはやはり解せない。顧問の柴峰光輝先生に、平たく言えば強要されたのも、その原因のひとつだった。 「ボーイッシュな彼女にいいところを見せなさい」  などと言って、出場前に背中を強烈に叩かれた。  柴峰先生は、三年前にこの高校に来た。筋肉量が半端ではないので、背中には紅葉ができているのではないかと思うほどに痺れが走る。試合となると気合いが入る先生なので、今回もそれなりに力が入っていた。そのため、待機中の今でも痛い。  会場となっている体育館を見渡すと、一人の女子生徒が目に映った。柴峰先生が言うボーイッシュな彼女というのが、幼馴染みの水上瑞穂のことだ。  瑞穂とは小学生の時から同じクラスだ。いわば腐れ縁だ。女なのだが、中性的な顔立ちで、少年のようにも見える。趣味はどれもインドアで、運動できなさそうに感じるが、実は合気道ができる。自宅が合気道教室なので、親に無理矢理教わられたそうだ。  ちなみに、雅弘に彼女などできていない。 「雅弘。俺より強いんだから、実力を他校に見せないと……」  口をとがらせる雅弘に、追い打ちをかけるように言ったのが、隣に座る武蔵竹彦だ。名前の割には地味な容姿に、地味な口調。あまり特徴のない彼なのだが、頭が良く、空手も強い。中身は質実剛健なのだ。取り柄がなさそうに見えて、実は取り柄があるような、能ある鷹は爪を隠すタイプだ。
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