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今彼氏はいるのだろうか、いかんせん人数が多い学校なので話したことなどない。
穏やかな風が彼女の髪を優しくなびかせる。あまりに美しいその姿に目を奪われていると、ふいに彼女がこちらを向いた。もちろん僕に対しての視線じゃないことは分かっていても、胸がキュッとなる。
その瞳には誰が写っているのだろうか。
そんなことを考えていると彼女がこっちの方へ歩いてきた。見ているのに気付かれたと思い、慌てて教室の中へ顔を引っ込めたが、彼女の鋭く通る声は僕を逃さなかった。
「八木沼!今から行くからそこを動くなよ!」
開いた口が塞がらないのが自分でもわかった。たった今全校生徒の憧れが僕の名前を呼んだのだ…。感動と喜び、そして何より言葉に言い表せない優越感が「気づかれてしまった、まずい!」という感情より先に僕を包み込む。なんて心地よいのか…。
しかし待て、なぜ彼女は話したことのない僕の名前を知っているのだ?見ているのに気づいたとしても名前は知らないはず…。
そうこう悩んでいるうちに教室の扉が勢いよく開き本村京子が入ってきた。狭い肩幅をブンブンと振り回し、僕の胸ぐらを掴んでこう言い放った。
「付き合いなさい」
僕の人生で忘れられない。いや、忘れることができない一夏の物語はここから始まる。
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