1.酒のつまみ

3/15
前へ
/351ページ
次へ
 部屋の灯りを点けると、すぐに目に入るのは、部屋の片隅にある少し小さめの仏壇。  俺はその前に正座をすると、すぐにロウソクに火を灯し、線香に火を点けた。  チーン、という(リン)の冴えた音が部屋の中を響く。  俺は手を合わせながら小さく「ただいま」と呟いた。  目の前には八年前に死んだ妻のさおりと娘の静流(しずる)の嬉しそうな笑顔の写真。  幼稚園の入園式で撮った二人の笑顔が、今は自分の胸を締め付ける。  さおりと静流が死んだのは、ランドセルを買いに三人で近くのショッピングモールに向かった日のことだった。  まだ夏の暑さが残る九月。  駐車場からショッピングモールへ向かう道。  横断歩道を渡ろうとしている二人に、大きなワゴンがスピードも落とさずに突っ込んできた。  いまだに俺の耳に残るさおりの叫ぶ声。 「しずるっ!」  目を閉じれば、二人が倒れている姿が今でも鮮明に目に浮かぶ。  軋む思いをそのままに、ロウソクを消すとその部屋を後にした。
/351ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2180人が本棚に入れています
本棚に追加