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1 旅の始まり
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暗い森。赤く見える大地は積もり積もった落葉の堆積である。人間たちが赤い森と呼んで近付かないその場所にも、木々の間から木漏れ日は注ぐ。
遠い、遠いどこかで空気の震える気配がする。狼はその振動に耳を震わせた。静寂を掻き乱す喧騒が、またどこかで起きている。狼は気だるげに体を起こすと、横たわっていた木のうろから、のっそりと這い出した。灰金色の毛皮を着たその獣は、まるで熊のような大きさだった。
『よう、このところ騒がしいな』
灰金色の狼は気が付いていたことだったが、いつの間にか彼の寝ていた大樹の側に、別の狼が立っていた。灰金色の狼は鼻を鳴らすと答えた。
『人間どもは相変わらず縄張り争いに忙しい』
『まあ、おかげさまでこっちはおこぼれに与れる。しかしお前、人間の匂いがするぜ。その匂いにつられて俺は来たんだが』
『昨日一匹食ったからな』
相手が嘘をついたことなど知らず、うらやましいな、ともう一匹は笑った。灰金色はぱたりと尻尾を動かす。
『連中のねぐらはここからそう遠くないぜ。お前も行ってみろよ』
それを聞くか聞かぬかのうちに、もう一匹は落ち葉を蹴って駆け去っていた。灰金色の狼はそれを見送ると、やがて同じ方向へ向かって、ゆっくりと歩き始めた。
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