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「夢みて眠る姫と誑かすひとたちの物語」
侑良 草士
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「お兄さん、妹さんを私にください」
はす向かいの家の幼馴染のリビングにて、部活動を終えた夜遅くに帰宅してリビングに入ってきた男に向かい、私は制服姿で三つ指をついて頭を下げる。
「……何度でも言ってやる。嫌だっつってんだろ!」
疲労感を滲ませた顔で、眉毛をつり上げて憤慨するこの男は同級生の白雪光也(しらゆきみつなり)。
サッカー部のユニフォームをエナメルバッグからはみ出させているだらしなさは昔と変わらない。肩から鞄をはずして投げ捨てるように床に落として声を張り上げる。
「今何時だと思ってんだよ。帰れよブス!」
外まで響くこの罵倒に私は耐えた土下座するのをやめない。
リビングの壁に掛かっている鳩時計はもう23時を回っている。こんな時間まで部活動をしているなんて考えられない。小さい頃に私とコイツが遊んでいてふざけて壊してしまったから定時になっても鳩は出てこないが、16年以上経過しても壊れることがなく時計としての使命を果たしているのは凄いと思う。00分になると私が図工の工作で創った紙粘土の烏が鳩の代わりに時刻を告げに飛び出してくる。
「ブスなのは承知しております。ですが、お兄様が彼女さんとこんな夜更けまで逢瀬を重ねているのを、凛(りん)ちゃん1人での留守番だと危険なのでお邪魔させていただいた所存であります」
「かっ、彼女なんていねぇっつってんだろバカ!」
顔をあげればこれ以上ないくらい顔を真っ赤に染めている光也の後ろのドアが静かに開いて可愛らしい美少女が微笑みながら入ってきた。
「お兄ちゃんおかえり」
と言った儚げな声は、ガサツな兄の怒鳴り声にかき消されてしまった。
艶やかな水をはじくような白くて若い肌に濡れた烏の羽のような長い髪は就寝前だから器用に斜めに三つ編みを編んであり赤いシュシュで留められている。ピンク色のパジャマはまだサイズが合わないらしく少々ブカブカで、まるで彼氏のパジャマでも借りているかのようで、手を覆う長さの袖はいわゆる萌え袖になっていて愛らしさが昼間とは次元が違う。黒い瞳はいつもビー玉のように輝いていてとっても大きく、長い睫で囲まれた瞳で身長差の関係で上目遣いをされたら同性とはいえ胸が締め付けられてもう抱きかかえて拉致したくなってしまう。
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