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「俺がしたことはそんなに大したことではないですけどね」
「謙遜しなくていいわよ。……あ、そうだ」
ゆかりがとてもいいことを思いついたという笑顔になった。
「木曜日、私も同行しよう」
「えっ」
「何よ、何か都合が悪いことでもあるの?」
「いや、ないですけど」
「桜子さんのお父さんって教育関連のお仕事でしょ? 真面目な方だと思うから、真備くんで粗相があってはいけないと思うの。真備くんの今月の営業成績にも貢献したいし」
ゆかりがわざとらしく頬に手を当てて深刻そうな顔をした。
「……とにかく同行したいんですね」
「うん」相変わらずいい笑顔だった。
真備はやれやれといった感じで肩をすくめた。
次の瞬間、真備が鋭い目つきに一変する。
ぱっとしない生命保険の営業マンの姿ではない。百鬼夜行をも一蹴する熟練の陰陽師の顔だ。
「悪霊退散、急急如律令ッ」
素早く霊符を地面に叩きつけた。地面を這って逃げだそうとした悪霊を、稲妻のような素早い一撃のもとに地獄に送り返す。
「これで、全部かな」
敷地を一周歩き切って、真備が全身で敷地中の様子を感得して呟いた。
「じゃあ、帰ろうか」
梨華が頷き、真備とゆかりの背後に立つ。
一瞬の間を置いて、三人の姿はかき消え、大きな烏が空に飛び立つ。
敷地に飼われているニワトリが小さく鳴いて、眠りについた。
真備たちが祓った家の居間に灯りが点く。何も知らない家族の楽しげな笑い声が、柊の垣根の外にまでかすかに響いてきた。
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