第一章 死亡保険金のその向こう側

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「こんにちは。エメリー生命の小笠原ですが、本日十三時にお約束していたのでお伺いしました――」 『はいっ。はいはいはーいっ。お待ちしていましたー』  若い女性の声で、喜び勇んだ返事が飛んできた。  生命保険の営業で訪問しているのに、この対応はまずない。インターホンを押した真備は、思わず吹き出しそうになった。  表札の「二条」の文字を眺めてネクタイを軽く直しながら、門扉をくぐる。このあたりではかなり大きな家だった。  この家は真備が飛び込み営業で訪れたことのある家だったが、そのときは娘にしか会えていない。今日は初めて娘の父親、つまり一家のご主人に会えることになっていた。  海外での仕事が一段落つき、一時帰国出来たのだと言う。  生命保険の契約は、保険に入る人の署名が必要である。だから、この一時帰国のタイミングでせめて医療保険でもと言うのが、娘の意見だったのだ。  そんなわけで今日は、紺色のスーツを着ている。真備の勤めるエメリー生命保険には飛び込みの営業マンもいるため、世間一般よりもひと月長く、十月いっぱいまではクールビズが許されている。しかし、相手は教育関連の仕事に勤めているとのことなので、きちんとした服装を選んできていた。  整った眉と切れ長の目、色白の肌。真備はスーツもよく似合うのだが、もっさりした前髪とメガネのおかげで垢抜けない素朴な印象の方が強く感じられる。狩衣を着た陰陽師姿の切れ味とは比べようもなかった。  その前髪に隠れた額の汗をハンカチで押さえた。  ここまで自転車を二十分ほどこいできたこともあるが、それ以外の理由もあった。  玄関前に来ると、扉の向こうからパタパタというスリッパの音が大きく聞こえる。続いて「すぐ出ますっ、いま出ますっ」とスリッパの主の女性の声がして、真備は同行してきたふたりの女性に苦笑した。
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