第1章

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 世の中には、セクシャル・マイノリティと呼ばれる人たちがいる。俗に言うLGBTと呼ばれる人たちが、それだ。 彼らはヘテロとは違う性に関する自己認識、恋愛対象を持つ。 身体の性と自覚する性が違ったり、恋愛対象が同性だったり。身体の性も自覚する性も同じだが、恋愛対象も同性だったり、同性も異性も恋愛対象だったり、パターンは様々。とにかく、LGBTについて語ろうとしたら、一時間では事足りない。  そして、LGBTだけがセクシャル・マイノリティではない。セクシャル・マイノリティには、私が知っている限りであと二つある。  しばしばLGBTQと表記され、LGBTのどこにも含まれない、しかしヘテロでもない者としてクィアと呼ばれるその人たち。クィアの中にも身体の性と自覚する性、恋愛対象は様々であるから、セクシャリティは奥が深い。  そんなクィアの一つは、ノンセクシャル。恋愛感情はあるが、性欲はないと言う。つまり誰かに恋はするけれど、セックスをしたいなどという性欲は沸かないらしい。  そしてもう一つは、Aセクシャル。彼らは同性も異性も恋愛対象にならないし、性欲も抱かないと言う。  彼らは、誰にも恋心を抱かないのだ。 *****  「翠(みどり)もそろそろ恋人作りなよー」 大学構内にある自動販売機の取り出し口からサイダーを取り出した私に、結子は言った。道路と柵を背にして、私はパキッと音を立てながらペットボトルの蓋を開ける。右手に見えるグラウンドの端では、野球部がストレッチをしていた。 「うーん。私はいいや」 一口サイダーを飲んでから答えた。その瞬間、頭にコツンと中指の第二関節が降ってくる。痛くはなかったが、びっくりして思わず頭を抑えた。 「そんなことしてるといざって言うときに乗り遅れるわよー」 その言葉に、顔が歪む。とっかえひっかえ男を作るこの女が言うと、とても軽々しい。私は何も言えなくなったので、「あ、そう」とだけ言って十四号棟へ向かった。
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