1 記憶

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「……どちら様?」  どちら様かはほぼ見当がついていたが、念のため、玄関のドアを片目分だけ開けて様子をうかがった。そこには、深緑色の軍服で身を包んだ長身の青年が一人、立っている。 「はっ!自分は、総務局人体部監督係、リュート・リヒスト巡査長であります!第2種国家医魔術師、ラブ・ウェルシア殿の、監査に参りました!」  青年は、ラブの頭上5センチあたりを見ながら、一気にそれだけ言うと、敬礼をしたまま動かなくなった。 「こんな辺境の地までご苦労様。私は、すべて法を遵守した運営をしているけれど……」 「はっ!そこを監査させていただきたく、馳せ参じました!」  先程と同じ言い方で、視線を合わせようとしないリュート・リヒストに、下手に出ているようで有無を言わせぬ威圧をかけられる不快さが、ラブの機嫌を一気に損ねた。 「……中へ。さっさと調べて」 「はっ!失礼します!」 「あと、その喋り方やめたらどうです?」  リュートは入室してすぐに、自分のために用意されていると決めつけた様子で、木製のチェアにどかりと腰を下ろす。 「あらそう?それはありがたい。久しぶりだな、ラブちゃん」 「ちゃ……早く始めましょう、リヒスト巡査長殿」  リュートの変容ぶりに、眉をひそめるラブだったが、客人には変わりないのでお茶の準備を始める。客人にお茶を出すのは、一番初めに「先生」に教わった事なので、ラブはその教えを大事にしたいと思っていた。 「リュートでいいって。同じ学園出身だろ?」  学生時代は、ラブが思い出したくない過去の一つだが、事実は変わりようがない。人懐こい笑顔を向けて、懐に入り込もうとするこの男は、10年ほど前の記憶だが、確かに、ラブの知っているリュート・リヒストその人だった。脳の中で、記憶の古い引出しを開けたためか、右目の奥がちりりと痛んだ。 「……リヒスト先輩。総務局が私に抱いている疑念はなんですか?」  どうしても距離を置こうという姿勢のラブに、苦笑しながら肩をすくめ、淹れたてのお茶を受け取る。お世辞ではなく、本当に美味いお茶を「うまい」と称賛しても、ラブは眉ひとつ、動かさなかった。
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