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しかし,不幸にもその日は父の帰りがいつもより早かった。帰宅後,夕飯の準備が出来ていないことを知った彼は一気に不機嫌になった。
彼は怜の部屋へと押し入り,寝ていた怜を叩き起こすと,夕飯が出来ていないことを咎めた。
怜が疲れて寝てしまったことを話すも,父はさらにそれを責めた。怜は心身から来る自分ではどうにもできない理不尽さと,父のそれに対する理解の無さが頭にきた。
そして,つい父の剣幕に応じる形で,「自分で作ればいいじゃないか」と言い返してしまったのだ。それが良くなかった。
父は,次の瞬間にはいつもの口癖とともに怜を殴打していた。
その無理解な暴力に対し,怜は痛みと悔しさと苛立ちでいっぱいになった。父を睨み歯を食いしばると,涙が勝手に滲んできて喉が熱くなった。呼吸が上手くできず,鼻息が小刻みに震えているのがわかる。
「なんだその眼は!」すかさず父の拳が飛んできた。
環境も自分も,全部が思い通りに行かないことに腹が立った。全身が強張り震え,指の爪が手のひらを突き破らんとするほど,拳が固く握られていた。何か情けないものをぐっとこらえたと思ったら,涙が溢れ出した。必死に抑えても,意に反して嗚咽が漏れる。
それでも尚,怜は父に対して更なる抵抗をした。もう無我夢中だった。何か少しでも理不尽を打ち破りたかったのかもしれないし,ただ感情にまかせて反応しただけなのかもしれない。
「殴られなくてもわかる!!!」
咆哮と呼ぶにも相応しい,かつてないほどの怒声だった。いままで,殴られてもこんなに抵抗したことはなかった。その分の鬱積と相手への憎悪,自分への情けなさと怒りなど,心身を渦巻いていた受け入れ難い全てのものを吐き出した必死の叫びだった。この声で父を殺してしまいたいとも思った。
しかし,怜の必死の意思表示も届くことは無かった。それをさらなる反抗と受けとった父はますます激昂し,怜は何度も繰り返し突き飛ばされて壁際まで追い詰められた。
見上げると,室内灯で逆光となった父の影が大きく拳を振り上げている。怜はその瞬間,顔を覆うような形で両腕を出し,固く目を瞑って身を竦めた。
父の拳が壁を殴りぬけた。
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