粘土細工の蛹

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粘土細工の蛹

 玄関の扉が開く音が聞こえた。ドス,ドス,ドスと,重い足音が廊下を渡っている。 「おかえりなさい・・・」キッチンから怜が声をかける。  返事は無く,そのまま自分の部屋へと上がっていった。いつも先に自室へ行き,部屋着に着替えてから居間へ降りてくる。そして,食卓につきながらテレビを点けて必ずこう言う。 「メシ」  怜は,そう言われたときには既にジャーから茶碗に白米をよそっていた。厚い茶碗の陶器越しでもわかるほど熱を持った白米が山をなしている。いい香りが鼻を抜けて肺へと染み渡ってくる。このつややかな一粒一粒も,数分後にはあの食卓に座っている男の胃袋へと消えていくのだ。 「はい」余計なことを言わ無ければ,何も起こらない。  小言が出る前に味噌汁と白米,そして一番重要な箸を食卓へ運ぶ。これが無いとまた不機嫌になるので要注意だ。  それを運び終えるとすぐに踵を返し,豚肉の入った野菜炒めと,漬物の小皿と一緒に持っていく。こいつらも,次の瞬間には胃袋の中だ。  普通の家庭ならもっと手の込んだ料理が振舞われるのかもしれないが,怜は他の食卓を知らない。いつもできるだけやっているだけだったし,これに関して文句を言われたこともないのでこれで良しとしている。  食卓の王は,テレビを見ながら,何も言わずに豚肉とピーマンを一緒くたに箸で掴み口に放り込んだ。  そして暫く下品な音を立てながら咀嚼した後,「味が薄いな」と呟いた。  怜は冷蔵庫からビールを取り出していたせいで聞こえなかった。というフリをした。冷えた缶ビールとグラスを持っていく。 「おい,聞いてねえのか。味が薄っしーよ!」と,目の前ではっきりと言われた。 「はい」とだけ答えるとキッチンに戻り,嫌味を込めてあらゆる調味料や香辛料を持てるだけ持って食卓に向かう。  何か言われても”さしすせそ”くらいしか知らないかのように振舞っておけば,咎められることもないだろう。 「オメエはホンっトに使えねぇなあ!」と言って,王様が食卓塩を乱暴にひったくった。  危うくカレー粉とシナモンの小瓶が手から零れ落ちそうになった。 「そんなもん要らねえから全部戻してこい」と,視線をテレビに据えたまま顎で合図をする王。  怜はそれを元に戻すと,狂ったように野菜炒めに塩を振っている王を尻目に,風呂場へと向かった。
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