ヒグラシの公園で

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 「いじめはなくならないよ」とぶっきらぼうに(れい)が言った。不満や不都合があると視線を合わせずに強い口調で言葉をぶつけるのが彼の癖だ。 「でも,大地(だいち)颯太(そうた)のクラスにはないって言ってたじゃないか。おかしいよ,あんなのは」怜の強い口調に反発するように,暁人(あきと)が語気を強める。 「みんな知らないふりしてるだけだよ。関わりたくないんだから」怜の顔が強張り,口角が下がっていく。 「暁人は余計なこと,考えるなよ」 「何だと!?」暁人が顔を歪めて叫んだ。拳は固く握られている。 「お前に何が出来るんだよ。お前の余計な行動で今よりも状況が悪くなったらどうするんだよ。自分が(むつみ)の代わりになってもいいのか?ちゃんと考えろよ!」怜は怯まずに続けた。 「じゃあお前みたいに見て見ぬふりをするのが正しいのかよ!口だけの雑魚が!」そう怒鳴ると,暁人は怜の左肩を拳で突き,怜はそのまま後ろへよろけた。暁人の顔は真っ赤に紅潮していて,必死に歯を食いしばっている。  怜は打たれた肩を押さえ,暁人を睨む。「痛てーな!そういうところが駄目なんだよ!暴力しか取り柄がねーのか!冷静になれない馬鹿より僕の方が何倍もマシだよ!」 「バカだと!?弱虫のくせに!」怒鳴り散らした暁人の拳が,今度は怜の左頬を打った。ゴンッという鈍い抵抗があり,怜の顔が横を向いた。  だが,暁人の怒りはそう長くは続かなかった。頬を抑えてうずくまる怜を見て,暁人は急激に全身から血の気が引いていくのが分かった。  頭に血が上ってしまうと,すぐに我を忘れてしまう。衝動性を抑えられないのだ。先程まで炎のような怒りに満ちていた表情は,一転して,迷子のような,動揺と不安が渦巻くものに変わっていた。  暁人は怜のもとに慌てて近づき,様子を窺った。 「大丈夫?ごめん。俺・・・」  言葉が出てこない。ぐらぐらと足元が揺れている気がした。時間を戻したい。  怜は何も言わずに立ち上がると,震えた声で言った。「弱虫で良いよ。僕は暁人の様に強くはなれない」目には涙が滲んでいた。 「ごめん。・・・ごめん・・・」強い罪悪感が暁人を襲っていた。  このような(いさか)いがあったのはこれが初めてではない。怜とは幼馴染で家が近くよく遊んでいたが,意見が合わずに喧嘩になることはしょっちゅうあったし,怜につい手をあげてしまったことも少なくない。
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