ヒグラシの公園で

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 しかし,今回ばかりは感情が昂りすぎていた。暁人の右拳には嫌な手ごたえがこびりつき,シクシクとした痛みがあった。「やりすぎた」とすぐにわかった。視界が不規則に揺れている。 「お前には協力できない」  怜の言葉が今まで以上に強く暁人の胸に刺さった。まるで突き放された気がして,今までの事が全部だめになった気がして,暁人は俯いた。  日が沈みかけ,辺りは仄暗くなっていた。二人のいる公園を一瞬,静寂が包み込んだ。近くの家から夕餉(ゆうげ)の香りが漂ってきて,暁人の虚しさがより一層深くなった。どこかでヒグラシが鳴いている。 「気持ちはわかるよ。でも短絡的だよ。こういうのも含めて」怜が花壇の淵に腰かけながら言った。淡い青色をした紫陽花(あじさい)が咲いている。  怜の,気持ちはわかるという言葉が,暁人を少し赦された気持ちにさせた。ただ,殴られても殴り返すことなく,なお対話を続けようとする怜により一層の罪悪感と,感謝の気持ちが溢れた。  暁人はその衝動的な性格からか,決して友達が多いわけではなかった。些細なことからエスカレートしてしまうので,喧嘩も絶えないし,誰かと仲良くなっても長続きはしなかった。それを本人も十分に自覚していた。だから暁人は,深く狭くといった友情を築くのは避けていた。  ところが,怜はなぜか違う。幼馴染だからなのか,ただ単にいいヤツだからなのか。暁人にはわからなかった。ただ,それがいつまで続くのかもまた,わからなかった。  明日からはもう会話さえしてくれなくなるかもしれない。自分の嫌なところが現れ始めると,そんな不安や疑心暗鬼の念が鎌首をもたげる。  一方で,相変わらずぶっきらぼうな言い方をしているが,怜は怒ってなどいなかった。殴られた痛みはひどかったし,その痛みに対するイライラはあったものの,暁人の衝動性は昔からよくわかっていたし,彼に手を出させたのは自分にも原因があったと思ったからだ。  それに,暁人がそれほどまでに睦へのいじめについて真剣に悩んでいたことが分かり,その正義感が友達として誇らしかった。羨ましく,憧れでもあった。同時に,自分への情けなさや悔しさもあった。  本当は,形だけでも暁人を殴り返したかった。その方が男らしくてカッコいいと思うからだ。暁人の言う通りで,自分は口だけで何もできない弱虫だ。
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