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「座れば?」
「うん・・・」
暁人は迷ったが,怜と少し間を開けて花壇の淵に座った。
ヒグラシが鳴いている。近隣の家からは調理器具や食器がガチャガチャとぶつかる音が聞こえてくる。少し遠くからは,通りを行き来するバイクや自動車の音がする。
「ホントにごめん」
「いいよもう,べつに」
顔を向かい合わせることなく言葉が交わされた。
日がさらに傾いてきた。いつまでここでこうしていればよいのか,二人ともわからなかった。
「帰ろう」の一言を言おうとしたが,それが相手を突き放す気がして言えなかった。
帰る場所さえなければ,いつまででもここにぼーっと佇んでいられる気さえした。
そんな中,「あれー?何やってんのこんなところで!」と,声が聞こえた。このよく通る声には二人とも聞き覚えがあった。
声の方を見ると,自転車に跨った少年がいた。隣のクラスの颯太だ。
自転車から降りてこっちに足早に近づいてくる。
「ほんとに仲がいいなー,君たちは!」ニコニコしながら颯太が声をかける。
「べつに,何もないよ」からかわれたような気がして,怜が素っ気なく答えた。
「あれ?アッキー元気ないね。どうしたの?」
「何にもないよ!」暁人も少し気まずくなり,突っぱねるように返した。
「ふーん。ならいいけど」
「もう暗いし,一緒にかえろーぜ!」
二人は花壇から腰を上げて,颯太について行った。
何かがあったことを察したのかそうでないのかは分からないが,颯太のこの飄々とした態度に,二人とも救われた。ただ,怜は颯太の視線が一瞬自分の左頬に向けられたような気がした。
「セミが鳴いてるねー」颯太が独り言のようにつぶやいた。
怜も暁人も何も言わずに自転車を押す颯太の少し後ろを歩く。
「もうすぐ夏休みだね」
「二人ともどっか行く予定あるの?」
街燈に照らされた三人は,薄暗い街の路地へと消えて行った。
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