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昼休み,怜はまた一人で読書をしていた。
教室内には何人か残って雑談をしていたが,残りはどこかへ出かけたようだ。暁人はクラスメイトと外に遊びに行ったのだろう。
「うえー!気持ちわりい!!」
「どこで見つけてきたんだよそんなもん!」
またあの下品な笑い声が聞こえてくる。女子メンバーはいないようだった。
「おい!近づけんなよバカ!」
騒ぎながらあの連中が教室に入ってきた。
金井の右手が汚いものを持つようにして何かをつまんでいた。ゴキブリの触覚だった。もちろん,その先には死骸となった本体がぶら下がっていた。
教室内が一瞬でしんとなった。全員教室の端に寄って,その光景を見ていた。
校庭で遊んでいる生徒の声が室内に響いていた。7月の爽やかな風が,教室の窓から廊下の窓に向かって吹き抜けている。
怜はただ黙って本を読んでいるふりをした。
「オメー,ぜってー落とすんじゃねえぞ!」と,木村が金井を笑いながら脅した。
「大丈夫大丈夫」笑って答える金井。
連中は睦の机に近づいていく。嫌な予感がして怜の顔が歪んだ。えづきそうになるのをこらえた。反吐が出るというのはこういうときのことを言うのだろうか。
恐怖と怒りが入り混じり,手に汗がじわじわと滲み出てくるのを感じた。
「早くしろよ!」金井が須崎に言う。
「キモいんだよ!」須崎はそういうと,睦の机を傾けた。
怜の予感は的中した。金井がぱっと指先を離すと,ゴキブリの死骸は睦の机の中へと消えて行った。
「うぇーーーい!!」
「おい!ふざけんなよ!早く手ぇ洗って来いよ!!」
そう騒ぎながら須崎と金井が教室から駆け出て行った。
歩きながら二人のあとを追う木村が,教室を出る瞬間に振り返り,薄ら笑いを浮かべて教室内にいる人間を睥睨して去って行った。
「何いまの?」
「わかんない・・・」
「ゴキブリじゃない?」
教室内でひそひそと会話が聞こえる。
「マジでないんだけど。キモすぎ・・・」
相変わらず涼しい風が吹いている。校庭の桜並木の樹冠が風に合わせて揺れていた。
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