早すぎる

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「私の...娘のね...若い頃に似ていたから、驚いて少しあなたに見いってしまったわ...気を悪くさせてしまってごめんなさいね」 老婆眉を下げて悲しげに謝り、そんな老婆の表情を見た乃愛は胸が痛くなって眉を下げて聞き返した。 「...えっと...娘さんは...?」 乃愛の質問に、老婆はゆっくりと空に向けて顔を上げ、遠くを見つめてゆっくりと話し出した。 「...もう、ずーっと昔に家を出ていってしまったから...」 「連絡とか...無いんですか?」 「....そうね...元気にやってるとは思うけどね...」 「....」 「昔、娘の気持ちを考えないで私達の気持ちばかりを娘に押し付けてしまったの...結果娘は出ていってしまったわ...私が悪かったの...娘の気持ちを第一に考えてあげられなかった...私も、主人も...後悔ばかりの毎日だったわ...」 乃愛は黙ったまま老婆の話を聞いていた。 「大切なモノは...失ってみて初めてその大切さを知る事を知ったわ...」 「.....」 「...でも、何かあった話は聞かないし、何の連絡も無いから、どこかで元気でやっていると思うわ」 老婆はゆっくりと乃愛の方を向いてニコニコと笑顔を向けた。 乃愛はどこか寂しげな老婆の笑顔を見ていて胸がいたくなり、何て答えていいかわからず、老婆を見つめたまま黙っていた。 「こんな見ず知らずの老人から、身内話されても困ってしまうわよね...ごめんなさいね...あなたを見ていたら、あの時娘に謝れなかった気持ちが溢れてしまって...」 乃愛はあわてて老婆に伝えた。 「いえっ!大丈夫ですっ...あの、私が娘さんだったら、私も悪かったと謝りたいと思うと思います!」 「フフッ...ありがとう...」 老婆はゆっくりと立ち上がり、曲がっていた腰を少し伸ばすと、スカートのポケットからなにかを取り出して乃愛の目の前で手を開いて見せた。 「...あの...これは?」 「話を聞いてくれたお礼...よかったら貰って」 「え!あ、あのっ...いいんですか?...こんな素敵なモノ...もらって...」 老婆が差し出してくれたのは、白色のビーズで作ったウサギのキーホルダーだった。 長い耳の間から黒色の紐が付いており、その紐を持ちながら老婆は乃愛に笑顔で伝えた。 「ふふっ、ボケ防止というのかしらね?昔から時間がある時によく作るの...私一人だから毎日暇でね...よかったら貰って?」 笑顔で言う老婆に、乃愛は遠慮がちに両手を差し出し、老婆は乃愛の両手の上に静かにキーホルダーを乗せた。 乃愛は手のひらにある親指ほどの大きさのウサギのキーホルダーをみて頬を少しピンク色に染めて喜んで老婆にお礼を言った。 「ありがとうございます...大切にしますね!」 「こちらこそ、こんな老人の話を聞いてくれてありがとう」 軽く頭を下げ、カツッ、カツッと杖をついて公園の出入口に向かう老婆の後ろ姿はとても寂しげに見え、乃愛はなんとなく声をかけなきゃいけない気になり、立ち上がって老婆に声をかけた。 「あ、あのっ!!」 「はい?」 老婆は立ち止まってゆっくりと後ろを振り向き、乃愛はゆっくりと老婆に近づいて頭を下げて再度お礼を告げた。 「あの、本当にありがとうございます!おばあさんは、いつもこのくらいの時間に散歩したりしてるんですか!?」 「え?えぇ、そうね...今日はたまたまこの時間になってしまったけど、いつもはもう少し早いかしら?」 「あの!私もたまにこの時間に散歩したりしてるんです!もし...もしまた会えたら、一緒にお話しませんかっ!実は私も、一人なんです!!だから、お話できたら、嬉しいです!!」 「...そう言ってくれると嬉しいわ、ありがとう、また会った時はお話しましょうね 」 老婆は一瞬驚いた表情をしたが、すぐに嬉しそうに笑い、少し乃愛に近寄って返事をした。 「はいっ!」 二人で向かい合いながら笑顔でいると、乃愛は『はっ!』とした顔をして、老婆に名前だけは名乗った方がいいか悩み、ソワソワとしていると、老婆が何か言いかけたとき、聞き覚えのある声が乃愛の耳に届き、身体を硬直させた。 「乃愛様」 「えっ!?」 乃愛が声の主へと振り向くと、そこには総司が無表情のまま自分の方へと歩み寄ってきていた。 乃愛は逃げてしまった事を怒られると思い、走ってこの場から逃げたかったが、足が動かず、逃げ出すことは出来なかった。
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