第2章

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7  数日後、真智子は結城を連れて、空手道場に入会手続きをしに出掛けていった。  学校が早めに終わった月曜日だったが、結城は行くときにまた、空手をやることを渋った。 「ゆうくん、テレビも見なければいけないし、お勉強もしなければいけないから、空手はできないよ?」  結城は泣きながら「行きたくな?い」と駄々を捏ねる。 「ゆうくん、強くなるって、ママと約束したでしょう」  毅然とした態度で真智子は言い切った。 (まず、自分が強くならなければ、この子を強くするなんて絶対できない)  懇々と真剣に語りかける母親を見て、結城は仕方なさそうに母と一緒に道場へ向かった。  稽古前の数分間、入会の説明があった。  所定の書類に記載事項を書き、真新しい道着を結城に着せた。  小学校一年生用の0号の道着は、それでも結城には大きすぎて、紙細工の“やっこさん”みたいだった。  それでも新しい道着を着られて、結城は少しご機嫌になった。  大はしゃぎで、真智子の前でパンチやキックの真似を見せたりしていた。 「結城君、では道場の礼儀作法を教えるよ」  師範は結城の帯を締め直して、諭すように話しかけた。 「道場に来たときは、入口で大きな声で、押忍と挨拶をします」  体の大きな師範が優しそうな顔で結城に説明をする。  顔を少し赤らめながら、結城が「はい」と答える。  師範が結城の顔をしっかり見つめて、はっきりと言った。 「押忍だよ」  訳が分からず、結城は目をパチクリさせている。 「すべての挨拶は、押忍と言う!」  師範が大きな声でもう一度、結城に教えた。 「お、押忍」  うつむき加減で恥ずかしそうに、結城は挨拶をした。
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