第2章

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8  一日目、結城の稽古は最悪だった。  最初の準備体操では、股割ができなくて、押してくれる先輩を睨み付けて「痛い痛い」と叫び、目に一杯の涙を浮かべてた。  基本稽古では、みんなの号令について行けず、手足の動きがバラバラになった。  型稽古はまだ無理なので、見学をして見取り稽古(人の姿を見て学ぶ稽古)をしなさいと師範に言われたが、座って皆の型稽古が始まると、すぐに寝てしまった。  見学をしていた真智子は気が気でなかった。それどころか、稽古の途中で辞めさせて連れて帰ろうかと思ったほどだ。  みんなが真剣に見取り稽古をしているのに、結城は横になって、いびきをかき始めた。  真智子は慌てて結城の側に駆け寄り、起こそうとしたが、師範に制された。 「眠いなら、寝かせてあげればいいです。子供は毛穴から入っていくものですから、心配しないでください」  本来なら笑いが出るところだが、誰も笑おうとしない。いや、むしろ真剣だ。  道場に於いて師範の言うことは絶対に信じて疑わない純真な子供たちが、そこにいた。  休憩時間に入り、目を擦りながら起きた結城が、また駄々を捏ねた。 「ゆうくん、眠いも?ん、うちに帰りたい?」  真智子は結城に言い聞かせた。 「あと、もう少しだから、頑張ろうね。ゆうちゃん、最後まで頑張ったら、アイスを買ってあげるから」 「本当??」  目を擦りながら、結城は甘えた声を出す。 「約束する。最後まで頑張って!」  真智子は結城に向かって、ガッツポーズを作って見せた。そこで、思い直したように結城の顔が変わり、大きな声で返事をした。 「ゆうくん、最後まで頑張る!」  白帯の輪の中に入っていく結城を見ながら真智子は誓った。 「ママも、最後まで頑張るから」
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