第2章

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9  初日の稽古は何とかこなしたが、真智子は結城が本当に空手を続けられるか、とても不安だった。  毎日の送り迎えは、体を案じて家に手伝いに来てくれている結城の祖母に任せられる。  問題は自分がいなくなってしまった後、結城が独りでも空手を続けられるか、だ。そこで、意を決して、空手の師範にすべてを打ち明けて相談しようと決めた。  前もって祖母に連絡を取り、結城を預けて、練習が休講の次の日曜日に、夫婦で道場に向かった。  師範室に通された夫婦は席に着くなり、話を始めた。 「師範、実は事情があって、妻は来年、入院をしなければならないんです」  夫の浩之が深刻な顔で道場の責任者である師範に相談の口火を切った。 「奥様は、お体の具合が悪いのですか?」  師範がさりげなく訊き、夫婦は顔を見合わせた。 「実は、妻は癌で……来年には、入院をしなければならないんです」  浩之は青ざめた顔で一つ一つ言葉を選ぶように師範に告げた。一瞬、重い空気が部屋全体を包んだ。  一つ、深呼吸をしてから、師範が大きな声で話し始めた。 「それは、大変ですね。でも、どうか負けないでください。自分は、初めてお母さんが見えたときに、何か深い事情があるのだなと思いました。まさか、そんな大病を患っていたなんて思いもしませんでしたが……」  姿勢を正して下を向く二人に師範は言った。  真智子は溢れてきそうな涙をこらえていた。 「それで、ご相談というのは?」  師範は真智子の体調を考えてだろうか、速やかに本題に入ろうと持ちかけた。 「結城のことなんですが……」  真智子は心に決めたことを、ずばり言い切った。 「身勝手なお願いなんですが、絶対に空手を辞めさせてほしくないんです」  師範は「おやっ」というような顔をした。隣にいた浩之が言葉を引き継いだ。 「あのように体も小さく気も弱い結城ですけど、僕たち夫婦の、かけがえのない子供なんです。師範、どうか結城を強くしてやってください」  浩之の口調には真剣の二文字が含まれていた。  夫婦は揃って頭を下げた。  師範は恐縮して「頭を上げるように」と勧めた。 「なんだ、そういうことですか。いゃー、深刻な顔をされているから、入ったばかりなのに、てっきり辞められてしまうのかと思いました」  少し笑顔で師範が続ける。
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