第2章

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13  年が明けて、昇級審査会の日が近づいてきた。  その年のお正月、いつもなら初詣や親戚周りといった楽しいイベントがたくさん行われるのに「池家」では、すべての行事を中止して、母の真智子の看病に充てられた。  年末に検査入院をした際、癌の進行が急激に早まっていることが分かり、真智子はお正月を病院で越すことになってしまった。  結城は初めて、ママのいない寂しいお正月を過ごした。  いつもお年玉を貰ったりゲームをやったりしていたことが懐かしく思えるような日々が過ぎていった。  寂しさを紛らわすために、年末から毎日のように稽古に参加した。  稽古が終わり、迎えの者を待っているとき、師範から声を掛けられた。 「結城君、お母さん、入院したんだって?」 「押忍」  結城は寂しさを必死に我慢して、手で十字を切った。 「お母さんがいなくて、辛いだろうけど、頑張れよ」 「押忍」 「お父さんも病院通いで大変だから、家のことしっかり手伝ってな」 「押忍」 「早く、強くなってお母さんを喜ばしてあげような」 「押忍」  答えながら結城は(押忍)て、便利な言葉だなぁと思った。先輩たちを見ていると(押忍)という言葉を実に上手に使っている。  はっきり返事をするときは「押忍!」と短く大きな声で。言われたことを聞き返すときには「押?忍?」と下がり気味に。  焦ったときには「お、おすー」と、どもりながら言う。感情の入れ方で、いろんな言葉になる。  僕はまだ、そこまで器用には、できないけれど、答えたくない内容の話なら(押忍)は便利だなと感じた。  母のことには、余り触れられたくない。師範も結城の心情に気づいたのか、それ以上は訊かれなかった。  迎えは、祖母か父親であった。その日は父が迎えに来た。  車の中で結城は父に、さりげなく訊いてみた。 「パパ、今日は病院に行っていたの?」 「そうだよ。ママの病院にずっといた」 「ママ、痩せていた?」 「そうだな……」 「ママ、可哀想だね」 「でも、まあ、ママはダイエットしたがっていたから、ちょうど良いんじゃないか……」  結城は、父が無理に笑わそうと思って言っているのだと思った。  でも、笑うことは、できなかった。
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