第2章

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17  審査会で結城が強くなったことを見届けた真智子は、そのまま病院に帰っていった。  癌の進行は如何ともすることができず、日に日に体力が蝕まれていった。結城が見舞いに行くこともできないうちに“その日”は訪れた。  朝、眼が覚めると、父がせわしなくバッグなどを車に詰め込む作業をしている。結城は、ものすごく嫌な予感に襲われた。 「パパ、こんなに早く、どこへ行くの」  結城は眠たい眼を擦りながら、父に聞いた。 「結城、良く聞きなさい。ママはもう、ゆっくり休みたいみたいだ。悲しいだろうけど、今日、ママにさよならをしに行こう……」  結城は父が何を言っているのか分からなかった。 「ママがどうしたの? 休むって、どういう意味? ママは、死んじゃうの?」  立て続けに父に聞くと、泣きたくなってきた。 「ママはママなりに一生懸命に頑張ったんだ。結城、最後まで強い姿をママに見せてあげよう。ママが安心して天国に行けるよう……」  父も言いながら泣いていた。 「イヤだよ、そんなの! まだ、ゆうくん、ママと一緒にいたいよ」  結城は座り込んで、大声で泣き出した。父がいくら説得をしても「イヤだ、イヤだ」と泣き続けた。  結城が泣いている間、ずっと父は、どこかに電話をしていた。どうやら空手道場に連絡を入れて、師範に相談をしているらしい。  そのまま結城がグズグズ泣き続けていると、驚いたことに、師範が家にやってきた。  泣き崩れている結城の前に立つなり、師範は一喝した。 「馬鹿者! 貴様それでも武道家か!」  隣近所のすべてに聞こえるような大きな師範の怒鳴り声だった。結城は師範の余りの勢いに、泣くのも止めて反射的に不動立ちになった。  泣き顔をしゃくり上げながら、どうにか頑張って師範の顔を見つめる。 「お前が悲しく思う気持ちは、良くわかる。だが、君たち兄弟を残して死ななければならない、お母さんの気持ちを、考えたことがあるか」  師範は、一言一言じっくり噛みしめるように、結城に語ってくれた。 「一番に悲しい思いをしているのは、お母さんなんだ。君は、今まで稽古をした“不動心”で、最後まで強い姿を貫かなければいけない」  泣き声混じりで結城は「押忍!」と答えた。 (ママと、絶対に強くなると約束した。まだ、あんまり強くないけど、ママの前では強くなければ……)  結城は決心した。
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