第2章

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「今日、見てきたんだけど、体の小さな一年生の子が黒帯を巻いていたよ。その子、身体中にアトピーがあって、見られたものじゃなかったけど、すごく礼儀正しくて、私、感動しちゃった」  真智子はやや興奮気味に浩之に話した。浩之はただ、無言で頷く。 「お前……体は、大丈夫なのか?」  浩之は顔を上げ、真智子の目を覗くように、ゆっくり言葉を選んで訊いた。真智子は少しでも浩之が心配しないように、微笑みながら答えた。 「うん、たまに背中が痛くなるけど、自分のことを考えているより、子供のことを考えていたほうが力が出るし」  浩之はまた、目を伏せて静かに諭した。 「そうだろうけど……現実を考えたら……今は治療に専念しなければ……」  真智子は立ち上がり、食事の皿などを片し始めた。  そんなことは分かっている。でも今は、子供たちに何を残せるか、そっちを最優先に考えなくては、と真智子は焦っていた。  浩之に背中を向けたまま、語り出した。 「でもさ……もし、三ヶ月なら……今しかないと思うんだよね……」  食器を洗う水道水の音が、真智子の言葉を打ち消した。 「えっ、何?」 「だから……」  大きく一つ、溜息をつく。真智子は、蛇口を閉めて話し出した。  「このままじゃ、死んでも死にきれないよ……」  真智子は、浩之と目を合わせないように寂しく言った。すると、急に浩之は怒って声を荒げた。 「まだ、三ヶ月と決まった訳じゃ、ないだろう!」  真智子は何も言えなかった。うつむき、手の中の皿を見ている。結城の好きな仮面ライダーが描いてあった。 「治療の進み具合によって、一年でも二年でも延びることだってあるさ」  真智子を悲しく追い込んでしまったと思ったのか、浩之は諭すように言った。  沈黙の中に皿を拭く音だけがしている。 「諦めるなよ。病気と闘っていこうよ」  浩之の気持ちは、痛いほど分かる。いつのまにか、食器を拭く手を止めて泣いていた。  声を出さずに肩を震わせ、悲しみに堪えていた。声を出さないで泣くことが、これほど辛いと、今、初めて知った。  浩之は、言葉を失っていた。同時に、自分たち夫婦は弱く儚い存在なんだな??と認めざるを得なかった。 「分かったよ。今度の日曜に、見学に行こう。もし、結城が習いたいと言うなら、習わせてあげようよ」  真智子は、背中を向けて泣きながら、小さな声で「ありがと」と呟いた。
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