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終電の一本手前まで残業をする羽目になった。
不愛想な駅員が立つ改札をくぐり、ホームへと向かう。
無意識に辺りを見渡していると、ホームの端にあるベンチに向かって歩く者がいた。
この時間帯には珍しい、若そうな一人の女だった。
白い帽子に白いワンピース、おまけにバッグまで白。
唯一違う色は真っ黒の長い髪と、如何にもな姿に一瞬ゾクッとして足を止める。
しかし歩きスマホをしながらゆっくり歩いている様子が一気に現実感を与えてくれ、思わず胸を撫で下ろした。
何気なく眺めていると、細い腕にかかっていたバッグから白いハンカチが落ちた。
あの調子では気づくのは難しいと、反射的にそちらへ向かいハンカチを拾う。
控えめに声をかければ彼女はビクッと肩をすくめた後、訝しげに振り向いた。
怪しまれているのか、顔を上げない。
けれどハンカチを差し出すと、深く頭を下げてそれを受け取り、また歩き出した。
丁度乗車位置だったので、そこで立ち止まりなんとなく彼女の背中を見ていた。
さほど距離が離れないうちに、不意に腕時計がするりと外れて落ちて行った。
「ついてない」とか思ってんだろうな。失礼ながら笑みを浮かべたのに、彼女はそのまま歩いて行った。
普通気づくだろと首を傾げながら、白いベルトのそれを拾って後を追う。
次は気配に気づいたのか、ピタッと足を揃えて立ち止まった。大げさな仕草に少し苛立ち、無言で手渡してやった。
今度は自分から視線を逸らせば、やがてカツカツと歩き出す音が聞こえた。
それに重なるように、カシャンッと次の音が響く。
見れば持っていたはずのスマホが地面に落ちていた。
わざとなのか?残業の疲れもあって、なんなら文句でも言ってやろうと彼女が振り向く前に白いケースのスマホを掴む。
雨が降っていたわけでも、地面に何かがあったわけでもないのにスマホは水に濡れていた。
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