インバース・パラレル

10/121
前へ
/121ページ
次へ
 笹原拓真。水希からクマの愛称で呼ばれる現代文芸部最後の一人は、文化系人ではなく、体育会という別の世界の住人だった。一年のときにバスケ部を辞めてからは地元のクラブチームに活動を映して派手に活躍をしている男だ。身体能力の高さから頓着しない部活からは練習参加の誘いを受けて顔を出す。それを快く思わない人達も居る訳で、賞賛と悪口を両方送られているスポーツマンだ。現代文芸部への入部の経緯も、ただの名前貸しが目的で、本人も文化系の素養はないけどいいのか、と再三確認したほどだ。 「残念そうね」  元気が溢れる挨拶を背中で受け流していた碧羽が尋ねる。  小柄な背に比して大きなリュックを自分の机に下ろす水希が、沈んだ声で応じた。 「それはそうですよ。せっかく来て、赤ちゃんと碧ちゃんには会えたのにクマさんにだけ会い損ねるなんて、なんかログボ取り損ねた、というか、デイリーミッションし損ねたというか、そんな気分です。わかりません? わかりますよね?」 「ろぐ、ぼ? って何?」  水希が力一杯に主張するが、画面を見たまま手を止めない碧羽はそのまま聞きなれない単語に首を傾げるだけだった。 「え? 碧ちゃん、ソシャゲやらないんですか? ログインボーナスですよ、ログインボーナス。あー、でも赤ちゃんがボーナスとか、無いかな」 「水希。何度でも言うけど、赤ちゃんはやめてくれ。僕は立派な青少年だし、どこからどう見てもベイビーじゃない。他所で聞かれたら、社会で生きていけなくなるだろ」 「大丈夫ですよ。外では絶対呼ばないから。ていうか、毎日ここに居るだけの赤ちゃんって、本当に社会でちゃんと生きてるんですか?」     
/121ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加