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過去の亡霊
ホテルの上層階へと移動する。しんと静まり返ったホールには、柔らかい光が窓から差し込んでいる。同じホテルなのに廊下の内装から違っている。飾られた絵や通路の花瓶が冷ややかにこちらを見下ろしている。
奏太とこの先に進むためには避けては通れない道。二人の未来へと続くはずの廊下を進む。少し毛足の長い敷物は足音さえも吸い込んでいく。静かすぎる廊下で自分の呼吸音がいやに大きく耳に触る。
奥まった部屋の前で立ち止まると、奏太がドアを軽くノックした。その部屋は明らかに奏太のいたところより隣のドアが遠い。部屋がそれだけ広いという事だろう。
重量感のあるドアは、音も立てずに静かに開いた。そのドアの奥には画面の向こうに見た男が立っていた。
六十代と思われるその男性は凛としていて、現役を引退したとは思えない様だった。
俺に一瞥をくれると、何も聞かず理解したかのように軽く頷きソファを指さした。
「座りなさい」
その言葉は俺に向けて発されたのか、奏太に向けてだったのか。
「明正さん、他には誰も?」
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