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私は竿を置いて、海と夜空を眺めながら、夜食のおにぎりを食べ、ビールを飲んでいたんです。すると目の前二十メートル位の水面に、小さな子供が助けてと言うように手を振っているのに気が付きました。
泳ぎの得意な私はヤバイと思い、上着と靴を脱ぎ、今にも飛び込もうとした時、
「おい、やめろ、よく見てみろ! あれは子供じゃやない。それに笑ってるだろう。あれは人を海に引き込む亡霊だぞ!」
それは昼間の男でした。
「やっぱり来てよかった。悪い予感がしたんだ。毎年この時期になると釣り人の水死体が上がるんだ。特にあんたの様な若い人がな。あいつに引き込まれるんだ」
私はじっと海の中のそれを見ました。
確かに笑っていますが、それは悪意のこもった笑い顔で、私はゾクっとして、身の毛がよだちました。
それはとても醜く、おぞましい顔でした。
私はその男に礼を言い、帰り支度してから、もう一度海の中のそれに目を向けたんです。
それは、忌々しそうに怒ったような顔で、私と男をじっと見つめていました。
一生忘れる事の出来ない、恐ろしい顔でした。
今でも、『もしあの夜、あの男の人が私が海に飛び込むのを、止めてくれていなかったとしたら』、その事を考えただけで背筋がぞっとして、鳥肌が立ちます。
それと、あの笑い顔、、、今もまぶたの裏に焼き付いています。
『 了 』
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