第一章 自我と欲望

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 放課後僕は、覚本強子から送られてきた LINEの通り、 大学の校舎1階にある第2会議室に向かった。集まったのは総勢二十名弱の国家試験対策委員たち。川越医大のなけなしの秀才たちである。  そんな秀才たちに、総合臨床科教授の東条先生は開口一番言った。 「これを見ろ。お前等は間違いなく、歴代で最低な学年だ」  それだけ言って、終点にたどり着いたら蒸気機関車のように大きなため息を吐いて、東條先生は固まった。  配られた資料は、国家試験対策用の予備校から送られてきた前回の模擬試験の結果だった。川越医大の平均点と他の学校の平均点が点数が高い順に上から並んでいる。  上から眺めていく。だが、読み進んでいっても川越医大の名前は載っていない。ページの一番下、三十八番目まで見てもうちの学校の名前がない。紙の裏にも続いていると気付いて、裏返してまた目で追っていく。それでも、名前は出てこない。  結局、五十三校が受験した模擬試験で五十二の成績だった。五十一位とは五点差、五十三位とは0.8点差だった。  僕らが内心、埼玉県の恥と馬鹿にしていた、あの医大よりも低い点数。埼玉県の恥というより、全国の恥である。  全員が川越医大の順位を確認すると、第2会議室は、爆笑に包まれた。20人弱の笑い声で、積もりに積もった埃が舞い上がる。 「笑い事じゃないぞぉ!」  東條先生が半泣きになりながら叫んでも、僕らの笑い声は静まらなかった 。 「覚本、どうする?」  東條先生の、扇風機に晒されたろうそくの火のように吹き飛びそうなか弱い声に、覚本はいつもの通り、凛として言い放った。 「例年通りです」  そのたった一言で、その場の空気が凍り、誰一人として笑わなくなった。 「やっぱりやるのか」 東條先生の力ない発言が、全てを物語っていた。 「ええ、やります。アウシュヴィッツを」  アウシュヴィッツ・・・・・・それは、『全員進級』の名のもとに、憲法に反して成績不良者たちの人権を剥奪する恐ろしい措置である。  CBT の合格基準に達していない学生たちは、大学の授業が終わったらすぐに、空き教室に集められ、国家試験対策委員等の指導のもと、終電まで勉強をさせられる。翌朝は始発と一緒に登校し、授業開始まで勉強漬け。週末は? 当然、始発から終電までずっとお勉強だ。
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