3人が本棚に入れています
本棚に追加
橙色に染まる道の、その影が一層深まったような気がして、思わず掌を握りしめた。唾を飲み込む。さわさわと心が波立つような感情が、ふつりと沸いてくる。
怖い。
違う、雰囲気に呑まれているのだ。人がいないから、そう感じるだけだ……。
ゆっくりと首を回し、十字路を見渡した。女は、いない。ほら見たことかと胸をなで下ろし、せっかくだから写真でも撮って帰ろうかとファインダーを覗いたときであった。
いた。
ファインダー越しの、四角く切り取られた十字路。カーブミラーに寄り添うようにして、女が立っている。酷く痩せた女であった。表情は分からない。俯いた白い頬に、ざんばらと乱れた黒髪が散っている。手が震えた。思わずカメラを取り落としそうになり、慌てて押さえた指がシャッターを切った。
かしゃり。
静かな町に、音が響いた。
女が、ふうと顔を上げ――目が合った――唇を引き上げて――何という表情をしているのだ――すうとこちらに近寄って――この世の恨みを全て背負っているかのような――だめだ、カメラを――もうすぐそこだ――カメラを下ろせ!
無理矢理引きはがすように、カメラを下ろす。
女は、いなかった。慌てて周りを見渡しても、どこにもいない。どこかの家から、夕飯の準備だろうか、食欲を刺激するいい香りがふわりと漂ってくる。公園の表通りからは車の音がひっきりなしに聞こえていた。
十字路……四つ辻は、境目なのだと、その筋の友人から後に聞いた。きっと自分はあの時間、境目に入りこんでいたのだろう。
現像した写真は、然るべき処置をして廃棄した。こんなものはこの世に残してはいけないのだ。
午後五時の鐘が鳴る。赤々とした斜陽に照らされて、女は、今も、あの四つ辻にいるのだ。俯き、境目に現れる人を、じいと待っているに違いない。
最初のコメントを投稿しよう!