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「あついー」 「百数えるか?」 「やだよ、そんな子供みたいなこと」  言いながら、幼い頃に父とそんなやり取りをしたかもしれないと、ふと思った。  もう覚えていない。  父の顔も母の優しさも、想い出の中に沈んでしまって、こんな風に浮かび上がって来るのは本当に久しぶりだ。 「ね、肩揉んで上げるからもう出ようよ」 「お、それもいいな」  言うが早いか、水を蹴散らすようにして、明は湯船から飛び出した。 「こら!」  道隆が慌てて、バスローブを持って追いかけてくる。  飛び込んだ脱衣所は暖かい。  バスローブに包まれて、乱暴にがしがし拭かれながら、風呂を嫌がる猫のように室内になだれ込む。  そんな戯れが楽しくて、笑いながらソファに転がった所を捕まった。  道隆は、バスローブの前を肌蹴たままで、髪からも雫が落ちている。 「やっぱりもう少し湯に浸からせておくべきだったな」  などと、怒った顔をする。 「茹りそうだったんだもん」 「茹でてぐったりしてもらう予定だったんだが」 「なにそれ」 「最近の明は元気がいいからな、力を抜かせたかったんだけど」 「え~~それって、悪戯するつもりだったでしょ!」 「バレたか」  じゃれ付きながら、道隆の髪をタオルでわしわしと拭いた。  向かい合わせで、ひょいと膝に抱え上げられると、真正面から見る道隆の顔は、やはり男らしくて照れてしまう。  階下で人の気配がした。  夕食の支度をするように頼んでいたので、その準備をしている音だ。  2階までは上がって来ないだろうが、少しだけ声を潜めた。
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