◇海の見えるホテルのカフェ◇

5/12
前へ
/345ページ
次へ
事件は真夏に起こった。 芦屋様が初めて同行者を連れて来られたのだ。 それも目を見張るような美少女を! と、思ったのは一瞬でよく見たら男の子だった。 それはそれで充分にインパクトがあり、女性スタッフの間では、ざわざわと動揺が走ったのだが、そんなことは絶対に悟られてはいけない。 無理をすれば親子?に、見えなくもないが、夏休みの甥っ子を連れてきた……ってところで落ち着いた。 彼がチェックインをしている間、その子はキョロキョロとあたりを見回し、こう言う場所に慣れていないのか、不安そうな表情がなんともいえず可愛くて、他のお客様の視線を集めている。 このホテルのコンセプトは「大人の隠れ家」。 そのために、12歳以下の子供は基本的に受け入れない。 落ち着いた大人の客達の中で、まだ学生の少年は嫌でも目だつ。 細身の体。 動くたびにさらさらと揺れる柔らかそうな髪。 全体的に色素の薄い雰囲気に、少女と見紛う顔。 エントランスの巨大なアレンジの花を背後にした、その透明感のある佇まいに、フロントを行き交う人たちは思わず足を止める。 視線を感じたのか恥かしそうに俯いているのも可憐に見えた。 チェックインを済ませた彼は「大丈夫だよ」というように、男の子の肩をふわりと抱いて客室へ消えた。 あんな子供にまで手を抜かないでエスコートをするなんて、益々素敵な人。 にこやかなポーカーフェイスを崩さないフロントマン達でさえ、チラチラと横目で後を追っていた。
/345ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1131人が本棚に入れています
本棚に追加