公衆トイレ

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 俺が高校二年の夏の話だ。記録的な猛暑日が続いていたことを覚えている。  たしか午後六時頃だった。下校途中の俺は暑さと下痢の二重苦で冷や汗を流しながら家路を急いでいた。  家まで保たないかも、と思いながら辺りを見回す。田舎道でコンビニすら無い。  諦めて、自転車のペダルをこぐ足に力を入れ直したとき―― (あれって、公衆トイレか?)  鬱蒼と茂った木々の合間に、くすんだ灰色の直方体が見えた。  一縷の望みが見えた気の緩みからか、腹痛の波が激しくなる。  腹を決め、自転車を草叢に突っ込ませ、坂に乗り上げ、地面に乗り捨て、その勢いで公衆トイレと思しき建物に駆け込む。  ビンゴだった。  かすれて消えかかった男子トイレのマークに従い中に入ると、壁立の小便器と個室がそれぞれ二つあった。空いていた奥の個室の方に飛び込み、用を足した。 (しかし、汚ないトイレだな……。管理されてるのか? ここ)  吐瀉物のすえた臭いと鉄臭さ、アンモニア臭が入り混じり、鼻が曲がりそうになる。そこかしこに落書きや黴や黄ばみがあり、視覚的にも不快だ。  とはいえ、今の自分に贅沢は言えない。大げさだがこのトイレは正に地獄に仏だったのだ。  晴れやかな気分で個室を出て、手を洗い、公衆トイレを後にした。  その時に気づいたのだが、周辺には朽ちたシーソーや薄汚れた動物型の遊具があった。どうやらここは小さな公園だったらしい。今は見る影もないが。 (通学路の近くにあっても気がつかないもんだな……。まあ、こんなところで遊ぶ子供なんか居ないだろうけど)  踵を返し、乗り捨てた自転車を起こして、再び帰路についた。  翌日――  朝のホームルームの最後に担任から注意喚起がされた。近隣の小学校の男子児童複数名が一週間以上行方不明になっている件についてだった。  物騒な世の中だ、などと思ったものの放課後にはそのこともスッポリ頭から抜けていた。    下校途中、昨日と同じ道を通る。  昨日の腹痛を思い返し、連鎖的に公衆トイレのことも思い出して、例の場所を見やった。  ――そのとき、気持ちの悪い違和感に襲われた。何故だか冷や汗が噴き出した。  以来、俺はその公衆トイレには近寄らないようにしている。  行方不明の児童達はまだ、見つかっていない。
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