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西方大陸の北西には、前世の世界でいえば都道府県が2、3個くっついた位の領地を持つ小国が10か国ほど連なっていて、その国々は“ガリア諸国連合”という同盟組織に加入している。
ガリア諸国連合、通称ガリア地方。そのガリア地方の中でも更に北西部に位置する辺境の小国、ラグラッド王国の街道沿いにある、とある小さな宿場町。その宿屋兼酒場の一階にて、青い髪を長く伸ばしたやたらと美形(APP18)な旅の吟遊詩人がリュート片手に紡ぐ天地創造の叙事詩に耳を傾けながら、僕は酒場のカウンターの奥にちょこんと座って、酒場のオヤジにおごってもらったミルクに口をつけた。
《はじまりは混沌》
《混沌は円卓の上に世界を創り》
《光と闇を産みおとす》
《円卓上の世界にて 光と闇は争いあい》
《混沌は緑の月の上に座し その戦いの行く末を見守る》
《果たして 光と闇の悠久なる戦いの結末は》
《全ては運命の女神が握る 賽の目のままに》
吟遊詩人の朗々とした歌声が小さな酒場に響きわたる。 少しハスキーで、しっとりとした甘いテノール。 美しく、しかし完璧と呼ぶには少しばかり肩の力が抜けたその歌声には、不思議と人を惹きつけてやまない魅力があり、酒場のあれくれ冒険者たちも皆、酒を飲むのも忘れて聴き入っている、みたいだけれど……
彼の一人息子であり、その歌を産まれてからずっと毎日のように聴いている僕からすれば、今更わざわざ感動するようなモノでもない。 むしろ、今日はうまく高音出てないよね。とか、酒飲み過ぎて声ガラガラじゃん……などと、口を開くと余計な事を言ってしまいそうなので、こういう時には素知らぬ顔して黙ってミルクでも飲んでいるに限る。 そう思った僕は段上で歌う父にくるりと背を向けて、窓の向こうの夜空に浮かぶ緑の月をぼんやりと眺めていた。
《円卓上の世界にて 光と闇は争いあい》
《混沌は緑の月の上に座し その戦いの行く末を見守る》
……どうやら僕をこの世界に転生させた“這い寄る混沌”さんとやらは、あの緑のお月様から高みの見物をしていらっしゃるらしい。 緑の月(グリーンムーン)──まさか、GM(ゲームマスター)だなんて言うつもりじゃないだろうな?
と、僕は緑の月をジロリと睨み付けながら、“這い寄る混沌”の力によって10年前にこの世界へと転生してきた時のことを思い出していた。
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