第2章「狂う歯車」

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「んー。ラーメン取れないね。諦めちゃおっか」 「え? やめちゃうんですか?」  自ら立てた目標を猪谷剛健の片割れが放棄する。  予想外の展開に舌を巻く僕だったけれど、改めて策を練ることとしよう。  もう一度状況を整理しよう。  このまま二階へ上がるルートを選べば、僕たちは映画館に直行する二人と鉢合わせしてしまう。  よって、安易に上階へと向かえなくなった。  第三のルートを探さねばならない。 「つるみちゃん、どうしたの?」 「え、えっとぉ……つるみん、トイレに……」 「どっちに入るの?」 「!?」  ランの冷ややかな視線が突き刺さる。  第三のルートにおいて筆頭候補として挙げられたトイレ直行作戦は、ランによって潰されそうだ。 「男子トイレ?」  顔から汗がダラダラ垂れているのがわかる。  明らかに女子高生としか思われない僕が男子トイレに入ることは、非常に難しい。  一般人から「男子トイレに入る女の変質者がいる」と通報される未来は、予知能力がない僕にすら読み取れる事象だ。  残念ながら、社会的に安全である現在の生活に別れをつげて、女装癖の変態というレッテルを貼られたまま青春を謳歌できるほど、達観した思想を持ち合わせている僕ではない。 「女子トイレ?」  だからと言って安易に女子トイレに入るのもマズい。  SNSの普及によって軽微なイタズラですら取沙汰される現代社会において、安易な行動は自分の首を締めてゆく。  なにより、ランの存在が厄介だ。  仮にケータイで動画を取られて「黙ってあげるから、あたしの彼氏になってよ」などと言われようものならば、僕の立場がなくなってしまう。  要求を断ったとすれば、僕はただちに性犯罪者だ。  かざみとの結婚したいという望みは水泡と消え、ついでに職業選択の自由も狭まる。  かといってコンビニのトイレに行くという案は、一階出口を使えない時点で封じられているので、外出することもままならないわけだ。  文字通りの八方ふさがりである。 「ねえねえ。プリクラってどうかな?」 「すみません。私……写真がちょっと苦手で……」 「そうなんだ。残念」  けれども、そこで。  猪谷剛健の片割れが、かざみを誘う声によって光明が差された。  プリクラ。  いわゆる面接では一切使えない、なんの利便性もない証明写真を撮る装置である。
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