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「もう! うるさいな!」
蒸気が出そうなほど赤い顔で、ランが怒鳴る。
それを変わらぬ表情で受け流す美弥子。
なるほど。外だろうと家だろうとランはランか。
「ちょっと、どこに行くの?」
「自分の部屋!」
リビングから去っていく親友のドタドタという足音が聞こえる。
階段を上っていき、二階を早歩きし、最終的にこの部屋の真上で音が鳴りやんだところで、美弥子が僕に視線を向けた。
「ごめんなさいね。わざと藍子を追い出すような真似をして。あの子、からかわれるのが苦手なの」
「はっきり言ったらどうです? 美弥子さんは僕と話がしたいんでしょう?」
この女。周囲に気を配りすぎている。
元来、気配りができる女は好きな部類に属するはずなのだけれど、この美弥子とかいう年上の女は例外だ。
前情報をランの奴から聞いたのだろうか、どうにも自分の性格を読まれているような気がする。
あくまで、勘でしかないのだけれど、この女は僕の行動パターンを熟知している。
元々の素質なのだろう。偶にいるのだ、人と話すのが不自然なほどに上手な奴が。
「いいえ。雑談というよりは、お礼を少しだけね」
「僕は貴女に感謝されるようなことはしていませんが」
「多分、私の話を聞いたとしても、美鶴ちゃんはそう言うでしょうね。だけど、妹のことを大切にしてくれている人には、ちゃんと言葉にしないといけないと思うから」
僕は藍子に謝ることはあれど、感謝されるようなことはした覚えがない。
もし、あいつがそういった想いを抱いているとするならば、勘違いだろう。
「あの子がバンドをやっていたのは、私の歌を世界に広げるため。楽譜は読めるけど音痴なのよ、私」
音痴だから歌の夢を諦める。
非難する人間も多いだろうが、僕としては賢明な判断だと思う。
好きと上手は比例しない。
料理にしてもそうだ。うちの桜庭は調理好きであれど料理上手ではない。
どちらかというと才能がない部類だ。
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