第4章「繋がり」

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「あの子の歌は言葉に出来ないほど綺麗だった。恋をする歌声といえばいいのかしら。桜庭さんの声は、胸を焦がす。声帯から響く音がひとつの芸術として成立していて、周囲で鳴り響く楽器が飾りになるレベルだった」 「桜庭日和が……ですか?」 「知っているの? 暁光学園出身だから普通はエスカレーター式で、高校も暁光に通っていると思うのだけれど」 「彼女は深更高校で元気にやっていますよ。毎日、騒々しいです」 「歌う時とのギャップが凄いっていつも思ってたわ。懐かしい」  だから、想像できない。  僕の知っている桜庭は、買ってきたカレーパンをオーブントースターで炎上させるほどの不器用女子だ。  カリカリを通り越したパンの生地がオーブンで燃焼している様を目の当たりにした僕は、衝撃的過ぎて動けなかった。  惣菜パンですら、ろくに調理できないとは……。 「あの子、今はどうしてる?」 「美食研究会の部長です」 「美食って……大丈夫なの? あの子、パエリアの黄色を絵具(えのぐ)で作ろうとしてたわよ?」  美弥子が今まで保っていた鍍金(めっき)の表情を崩すほどの料理を作っていたのか。  嘉菊(おとうと)以外に桜庭の被害者がいることに驚きだ。  そもそも、絵具は食用として販売されていただろうか?  疑問点が多すぎる案件だけれど、考察するだけで夜が明けそうなので帰ってからじっくり考えることにする。 「料理を作ってるあの子を見ていると信じられないだろうけれど、歌が上手なのは真実。聞いていたらわかるの。藍子じゃ太刀打ちできないって」 「だったら、プロになったほうが……」 「日和ちゃんは、みんなを笑顔にしたいから歌っていた。だから、誰かを犠牲にしてまでプロにはなりたくなかったのね」  結果、バンドが解散し、自分探しをしている桜庭が、死にかけの嘉菊と出会った。  彼女に影響された弟に巻き込まれる形で料理に再び手を染めることとなった僕は、中学三年の秋頃に最愛の女性と接点を持つことになる。  つまり、桜庭と嘉菊に接点がなかった場合の時間軸を生きる御崎美鶴(ぼく)がいるとすれば、料理をしようなどと考えずに今でも不良をやっている事だろう。  上記の事柄から求められる解。それは桜庭が僕にとって『幸運の女神』であるということ。    カレーパンを燃やそうが、パエリアに毒を盛ろうが、彼女は僕にとって信仰すべき御仏(みほとけ)。  せっかくなのでこれを機に、桜庭の顔をした観音菩薩でも彫るとしよう。
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