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その背後、窓のすぐ脇に、レイナがいた。息を荒らげ、頬を青黒く腫らせて、涙目になっている。この男――父親?――にやられたのだろう。
父親はレイナを見失っているようだった。
こんな状況で、レイナのステルス能力は磨かれたのか。僕は、打ちのめされる思いだった。ぼっち生活の中でなんとなく気配を消すことに慣れていった僕とは、次元が違う。
自分の家の中で、自分の家族から、自分の存在を隠さざるを得なかった。
どんなに傷ついてきたのだろう。どんなに屈辱的だっただろう。それを思って、僕は唇を強く噛んだ。
しかし今、何より重要なのは、レイナが、その手に包丁を握っていることだった。
「西坂さん! やめろ! 」
僕はレイナに組み付いた。突然の僕の出現に呆然としていたレイナは、あっさりと包丁を僕に奪われた。
「石田君……」
「なんだ、お前……」
男が僕を見つけた。同時にレイナも。さすがに、至近距離で刃物を持った状態で正面に立てば、気配を消すことはできない。
「逃げよう!」
僕はレイナの手を引き、駆け出した。レイナはおとなしく従った。荒々しくドアを閉め、すっかり暮れた夜の中へ逃げ出す。
包丁を通学カバンの中へしまい、とにかくしゃにむに、僕らは走った。途中で、強引すぎたかと思ってつないだ手を放すと、レイナの方から僕の手をつかんできた。
「どうして、家まで? なぜ助けてくれるの?」
どうして。そう聞かれると、正確に答えるのは難しい。
「そうだな……。なら、君は、僕の女装を見ても笑わなかった。どうして?」
「それは、笑うようなことじゃないでしょう」
「そうだね。そういうところなんだよ、たぶん」
レイナは首をかしげた。
「答になっていないような気がする」
でもそれ以上明確には、僕にはとても言えない。
家路を急ぐ人々が小雨の中を行く町の中で、僕らは、ステルスを発動した。誰にも見られたくなかったからだ。でも、どれくらいうまくいったのかは分からない。
あまりに速く走りすぎていたし、呼吸が荒れすぎていたし、動悸は痛いほどに胸の中を打っていたからだ。
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