消えるマンホール・ガール

1/2
前へ
/13ページ
次へ

消えるマンホール・ガール

 やがて僕らは、明るい駅の近くにきた。傘を差すほどではない細かい雨が、ゆっくりと僕らの体を冷やしていく。  立ち止まり、呼吸を整える。 「西坂さん、……大丈夫?」 「ええ。……石田君て、私を驚かせてばかり」 「驚いたのは僕の方だけど」  体が落ち着いてくるにつれて、周囲の人々の意識から、どんどん僕らが外れていくのが分かった。ステルスが、効力を取り戻していく。 「ごめんなさい。ありがとう……」  レイナは、しゃくり上げているようだった。 「そんなこと、……。あれ、お父さん?」 「そう。私、頑張ろうとしたけど、だめだった。あんな、……帰ったらいきなり、何度も、やめてって言っても、理由なんてなくて……包丁なんて持ったの、今日が初めて。本当に……」 「信じるよ。いいんだよ、きっといいんだ」  帰宅ラッシュのピークを迎える時間になり、周囲は人ごみでごった返している。気をつけなくては、見えない僕らはどんどん衝突されてしまう。 「石田君、私、石田君に会えたとき、少しうれしかった。私と同じ人がいたから」 「うん。僕もだ」  顔を上げたレイナの頬は、さっきよりも腫れてきていた。見ているだけでこっちが泣きそうになる。 「だから、……会うのは、もうやめる。今日分かった、私やっぱり、おかしいもの」  一瞬、何を言われているのか分からなかった。 「あんなところ、見られたくなかった」 「西」 「ごめんね。もう、家にも来ないで。さようなら」  そう言って、レイナの姿は、僕の目の前から消えた。  ステルスのレベルを最大限に引き上げたのだろう。これほどまでに高度に存在を消すことができるなんて、思いもしなかった。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加