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消えるマンホール・ガール
やがて僕らは、明るい駅の近くにきた。傘を差すほどではない細かい雨が、ゆっくりと僕らの体を冷やしていく。
立ち止まり、呼吸を整える。
「西坂さん、……大丈夫?」
「ええ。……石田君て、私を驚かせてばかり」
「驚いたのは僕の方だけど」
体が落ち着いてくるにつれて、周囲の人々の意識から、どんどん僕らが外れていくのが分かった。ステルスが、効力を取り戻していく。
「ごめんなさい。ありがとう……」
レイナは、しゃくり上げているようだった。
「そんなこと、……。あれ、お父さん?」
「そう。私、頑張ろうとしたけど、だめだった。あんな、……帰ったらいきなり、何度も、やめてって言っても、理由なんてなくて……包丁なんて持ったの、今日が初めて。本当に……」
「信じるよ。いいんだよ、きっといいんだ」
帰宅ラッシュのピークを迎える時間になり、周囲は人ごみでごった返している。気をつけなくては、見えない僕らはどんどん衝突されてしまう。
「石田君、私、石田君に会えたとき、少しうれしかった。私と同じ人がいたから」
「うん。僕もだ」
顔を上げたレイナの頬は、さっきよりも腫れてきていた。見ているだけでこっちが泣きそうになる。
「だから、……会うのは、もうやめる。今日分かった、私やっぱり、おかしいもの」
一瞬、何を言われているのか分からなかった。
「あんなところ、見られたくなかった」
「西」
「ごめんね。もう、家にも来ないで。さようなら」
そう言って、レイナの姿は、僕の目の前から消えた。
ステルスのレベルを最大限に引き上げたのだろう。これほどまでに高度に存在を消すことができるなんて、思いもしなかった。
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