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「西坂さん!」
叫んだせいで、僕の気配は存在感を持ってしまった。近くにいた十数人の大人たちがこちらを見る。
縦横無尽に、駅前の空間を人が行きかう。
見つけなくては。今すぐこの場で、レイナを。このまま別れてしまえば、きっともう会えない。
しかし、複雑な波のように往来する人間の中から、目に見えないたった一人を、どう探せばいいのか。
考える暇はなかった。僕は、僕にできる限り最大限に、自分の気配を殺した。そして、周囲の人々に自らぶつかっていく。
「いて!」
「なんだ?」
「今のはガキか? あれ、どこ行った?」
人に衝突するたびに僕の気配は漏れ、人に見えたりまた消えたりしながら暴れていると、駅前は徐々に混乱してきた。悲鳴と罵声が響く中、神経を集中してあたりの様子をうかがう。
そして、確かに、よろめいた一人の大学生らしき人影が、不自然な格好をしたのが見えた。まるでそこに見えない障害物があるかのように、なにもない空中でたたらを踏んでいる。
僕はその空間に手を伸ばした。
手のひらに、細く、しっとりと濡れた感触。捕まえると、その姿が僕の目に見えた。
西坂レイナは、最初にいた場所からほとんど動いていなかった。
ただ、目元が、雨とは違う液体に濡れている。
「本当に、見つけてしまうのね」
濡れた目は、微笑んでいた。
「ほとんど、動いてなかったんだね」
「どこに行こうか、考えていたの。行きたいところなんて、ないもの。こんなに本気でいなくなろうと思ったこと、なかったのに。簡単に見つかるなんて」
「だって、会いたかったんだ。とりあえず、ここじゃないところへ行こう」
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