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石田ヒイロと西坂レイナのマンホール
騒がしくなった駅前から、僕らは離れた。
徐々に喧騒が遠くなり、暗い街並みに入っていく。
僕は、高鳴りそうになる胸をなんとか押さえつけながら、彼女と並んで歩いた。
雨はもうやんでいた。
「ずっと夜だったらいいのに」
「そうだね。僕もいつも、そう思う」
月が明かるい。人々を照らすためではなく、隠れるための陰を作り出す、闇色の光。
けれどそれも遠からず、無遠慮に明るい太陽に追いやられるのだろう。
そして僕らは、どんなに上手に姿を隠しても、光の中で逃げ場もなく追いつめられる思いを、何度も味わう。
それでも、僕らに、居場所はある。
たとえば、つないだ手の温かさの中などに、それはある。
それが確かな事実だと肯定してくれる人が、僕らには互いに、少なくとも一人ずつはいる。
「この、雨続きの秋が終わったらさ」
「冬になるわね」
「そうだけど。できればその前くらいに、水の引いたマンホールに、また入ってみたいな」
「私と?」
もちろん。
「今度は絞首台なんかじゃなくて、……君と僕との、なんて言うかな、秘密の隠れ家みたいに」
「そうね。夢の中に忍び込むみたいに」
そう。そんな風に、夜の中で、こっそりと笑いながら作る、僕らの居場所。
すべてがたとえ話のような危なっかしさの、一笑に伏されそうなモラトリアム。
でもそこに自分以外の体温が存在すれば、僕らはきっと、この現実世界を生きていける。
まことに勝手ながら、できるならそのとき、君とまた手なんてつなぐことができたら。
実は、僕はうれしい。
終
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